2016年7月27日水曜日

メキシコ学生43人失踪事件から22カ月、家族らが行進

 クーバの7月26日は、革命の狼煙を上げた1953年の陸軍モンカーダ兵営襲撃を記念する輝かしい「民族蜂起の日」で、今年もまた記念式典が催された。だがメヒコでは、この日は22か月前から、若者43人の強制失踪事件の起きた日であり、最悪の人権状況を告発する日となってきた。

 2014年のこの日、ゲレロ州イグアラ市一帯で起きた警察による6人殺害および、同州アヨツィナパの教員養成学校生43人強制連行失踪事件は未解決のままだ。

 記念日の26日、学生らの家族、友人、教員、労組員らは首都メヒコ市のレフォルマ大通りを、検察庁前から43人のための「反・記念碑」ないし「対抗記念碑」まで行進した。

 事件解明の責任を負うエンリケ・ペニャ=ニエト政権は、捜査妨害までして時間を稼いできたが、時の経過とともに事件が忘却の淵に沈むのを待っている。

 家族(あるいは<遺族>)らは、無責任、忘却、無処罰と必死に闘ってきた。結果が出ず、空しいだろうが、空しさを跳ねのけて、ひそむ真実をなおも追究している。

 この事件が解明されずに終われば、メヒコの最悪の人権状況は21世紀深く、悪化の一途をたどり続けに違いない。