☆★☆コロンビア人作家フェルナンド・バジェホの『崖っぷち』(エル・デスバランカデロ、久野量一訳、2011年12月、松籟社)を読んだ。物語の展開がほとんどない、饒舌で衒学的な独り言の連なりだ。
取り立てて面白いわけではない。だが、つまらなくもない。中編の長さであり、読み始めたら、読み終えるのは苦痛ではない。
生まれ故郷のコロンビアのかつての<コカインの首都>メデジンが中心舞台で、首都ボゴタ、作家の居住地メキシコ市、過去に滞在したニューヨークが追想という遠近法で描かれている。もちろん、故郷メデジンについても、メキシコ市から距離的な遠近法を使って書いている。
私が記者時代に会ってインタビューしたことのあるコロンビアやメキシコの大統領、芸術家らが何人も登場する。これだけで未消化、かつ生硬となり、読む気を殺がれて、普通の小説ならば放りだしてしまう。
ところが、この小説は、けれんみを感じさせない。ある意味で、ヘンリー・ミラーのように、これでもか、これでもかと同類、同次元の事象を並べつづけることによってできる群のなかにうまく納まっていて、案外、固有名詞が自然に読み過ごせるのだ。
この作家の筆致には、べらぼうな魅力がある。だから、読みとおすのが苦痛ではない。
訳者は巻末で、バジェホを「現代ラ米文学で最も挑発的な作家」、「一言でいえば<否定の文学>」と解説する。この「訳者あとがき」は、面白いから、これ以上は触れない。
数年前、東京麹町のセルバンテスセントロで、コロンビア人若手・中堅作家3人の座談会のような会合を取材したことがある。
「ガブリエル・ガルシア=マルケスやマリオ・バルガス=ジョサら<ラ米大作家時代>の先人たちが上に居るので頭打ちになっている。いかに彼らを超えるかが、深刻な問題だ」。こう口々に言っていた。
バジェホの作風は、そんな大作家たちの<対極>にあるという。どうせなら、ローマ法王をこてんぱんにやっつけているように、大作家たちの実名を挙げて、こっぴどく痛めつけるべきではなかったか。そんな感想をもった。