【7月29日メキシコ・マンサニージョ港にて伊高浩昭】PB(ピースボート)船オーシャンドゥリーム号は29日、コリマ州にある重要港マンサニージョに入港した。私にとっては3度目の同港寄港だったが、今回も地元観光局によるマリアッチ楽団の歓迎を受けた。私はメキシコでジャーナリズムの仕事を始めた。長く住み、第2の祖国といえば、メキシコしかない。メキシコに感謝し、感慨深くマリアッチを聴いた。だが調子に乗って、「グアダラハーラ」、「ハリスコ、ノ・テ・ラヘス」、「クク・ルクク・パローマ」などマリアッチ音楽の名曲を10曲も注文してしまった。女性一人を含む8人組の彼らは、笑顔を絶やさず、太い声を張り上げ、裏声を振るわせて歌ってくれた。頭が下がった。
グアヤキル在住のギタリスト小林隆平さんがこの港で下船し、エクアドールに帰るので、彼を誘って街に散歩に出た。港を一望できるマリスコス(海産物)レストランで3時間あまりかけて昼食を取った。船旅の休日ゆえの、ゆったりした贅沢な時間だった。夕刻、コリマ州とマンサニージョ市が港沿いの中央広場で歓迎会を開いてくれた。民俗舞踊と歌だ。これに対し、PB側は小倉祇園太鼓をはじめ4種類の出し物で応えた。
私の横には、州知事代理が座っていた。「7月1日の大統領選挙でPRIのEPN候補が勝ったことになったのはなぜですか」-私は訊ねた。インタビューとしてではなく、会話の一環として訊いたのだ。代理は、首をひねった後、「メキシコのような民主主義国家では、選挙によって政権はいつでも交代しうるのです!」と答えた。「政権党PANの敗因はなんですか」と続けると、「理由は色々あるが、要するに得票が足りなかったということでしょうね」。「ではPRDのAMLO(アムロ)が2回続けて落選したことにされようとしているのは、なぜでしょうか」-「先ほど指摘したように、民主国家は独裁政権を求めないからです」。眼前では、踊りや歌が展開されていた。私は会話を打ち切った。コリマ州知事はPRIが握っている。12月1日EPNが政権に着けば、コリマ州知事にも我が世の春が来るわけだ。
グアテマラから乗船していたメキシコ人平和活動家で大学教授のパブロ・ロモ氏が28日の講演で、弱肉強食の新自由主義経済政策は「貧者への構造的暴力だ」と指摘し、強調していた。12年
間の2代PAN政権を挟んで〈恐竜〉PRIの政権が復活しようとしている。メキシコ人支配層が長らく待ち望んでいた、PRIでもPANでもいいという「プリパニスタ体制」が生まれようとしている。邪魔な左翼PRDは埋没させるしかない、という保守右翼両党の新自由主義バネが強引に有権者に押しつけられつつあるのだ。PRIは大規模なメディアと選挙民の買収によってEPNを〈勝利〉に導いたとされるが、巨額の買収資金の出所の一つは、麻薬マフィアである。メキシコ政情の深刻さは、ここにある。メキシコは、完全にコロンビア化したのだ。そう言うしかあるまい。
夕刻、隆平さんはギターを抱えて下船した。メキシコ市、ボゴタ経由でグアヤキルに着くのは30日の夜になるとのこと。船は、北方のエンセナーダに向かって出航した。