「キューバ革命の指導者」フィデル・カストロ前国家評議会議長の長男フィデル・カストロ=ディアスバラルト氏(62)=通称フィデリート=が10月28日夜、東京・九段のホテル「グランドパレス」で開かれた「21世紀の知識と新技術の革命」と題する講演会で30分講演した。
同氏は、モスクワに学んだ数理物理学博士で、東西冷戦中、キューバ原子力委員会の委員長を務め、ソ連製原子炉を用いるフラグア原子力発電所(シエンフエゴス市郊外)の建設に尽力した。だが1986年のチェルノブイリ原発事故や91年のソ連消滅を経て、フラグア原発建設は打ち切りを余儀なくされた。その後、フィデリート博士は、国家評議会議長(元首、首相、革命軍最高司令官)の科学顧問に就任した。現在の議長は、フィデルの実弟ラウール・カストロ氏である。
この夜の講演では、世界人口70億の7分の1に当たる10億人が飢餓状態にあると前置きし、食糧を全人口に行き渡らせるためには、環境に配慮した新しい科学技術が必要になる、と強調した。
人口が増えればエネルギー消費も増える。今日の世界のエネルギー源の80%は石油、天然ガス、石炭などの化石燃料であり、原子力は6%に過ぎない、とフィデリートは指摘した。
転じて東京電力福島第一原発の深刻な放射能漏れ大事故に触れて、安全に万全を期すことが大事であると同時に、原発を存続させるか否かの判断をする際には、最大多数の人民が意思決定に関わるべきだと訴えた。
日本には、原発政策決定のような超重要な意思決定をする場合、国民投票をする規定や習慣がない。民主制度が遅れているわけだが、フィデリートの発言は、その弱点を期せずして突いたように受け止められた。
むろん「人民参加型民主制」の社会主義キューバと、「資本制民主主義」の日本とは、意思決定過程は大きく異なる。日本と同じ体制の国々では、しばしば国民投票が実施される。だが日本にはそれがない。この点を、体制の異なる国から来たフィデリートは、「期せずして」突いたと、私は思うわけだ。
博士はまた、今後の世界を人類の幸福のために発展させるには、時代にふさわしい知恵と倫理を拡げていくのが不可欠だ、と述べた。
フィデリ-トは今回の来日では、東京のほか神戸と沖縄を訪れた。
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私は10年ぶりにフィデリートに会った。10年前のある日、東京のキューバ大使公邸に早朝突然招かれ、朝食会に出席したところ、何とそこにフィデリートがいた。その時、長いインタビューをした。以来久々の再会だったが、「あれから10年も経ったのか」とフィデリートは感慨深げだった。
フィデリートの風貌と声は、父親に似てきた。スペイン語がクバニズモ(キューバ独特のもの)であるがための類似性は当然あるが、息子は年をとると父親に似てくる。これが、フィデリートにも出てきたのだろう。
(2011年10月28日 伊高浩昭)