★☆★☆★ポール・ゴーガン(1848~1903)の『ノア・ノア』(岩波文庫)を半世紀ぶりに再読した。実に面白かった。1890年代に書かれたタヒチ島の紀行文だが、画家ならではの観察力は内面にまで及び、それが素晴らしい。
★内容は、タヒチ島のフランス文明に侵された姿、先住民の生活、原始の生活体験、幼な妻との愛、先住民族の信仰・天文学的知識・迷信・伝説、に分かれている。特に面白いのは先住民の生活と、自身の生活体験だ。
★「新鮮な、燃えるような色彩をもった風景は、私を盲目にした」、「不自然を避けて自然に入り込んでいった。今日の日が自由で美しいように、明日もまたこんなであろうと確信をもって」、「我々(文明人)は虚言家に騙されて、女性を繊細なものだと規定している。だがタヒチでは、女は男と同じ仕事をする。男は女に無頓着だ。だから女には男性的なところがあり、男には女性的なところがある。この両性の近似は。。。」。味わい深い言葉が頻繁に出てくる。
★「私は、数多(あまた)の夢を失った魂を持ち、肉体は数多の努力に疲れ果てて、道徳的にも精神的にも疲弊している社会の悪を長い間、運命的に受け継いできた、言わば老人である」。見事な老人の定義である。
★巻末の、訳者前川堅市による解説も興味深い。
★これを読むと、ゴーガンが欧州文明世界を捨て切れなかったことがよく分かる。
★「ノア・ノア」とは「芳香」、「好い香り」を意味する。