【8月12日太平洋上にて伊高浩昭】波はあるが晴天で、静かな海だ。昨夜の「パブロ・ネルーダ朗読会」で、今回の私の船上講師としての仕事は99%終わった。「詩は決して無駄には詠われない」というネルーダの、ノーベル文学賞授賞式での言葉が甦った。11編の詩を読んだ11人の船客は、聴衆の前で朗読したことで詩人になったのだから。
仕事は、明朝の音楽DJですべてが終わる。いま背後のバルで、ベネズエラと福島の学生たちがシンフォニーの合同演奏の練習をやっている。「ベネズエラ」という名の讃歌の音色が美しい。明日以降の発表に備えてだ。こういうのが、ピースボートのいいところだ。
今日は、船内上映会でF・コッポラ監督の映画「三島由紀夫伝」を観た。日本では遺族の反対で未公開のままという。登場人物が話す日本語は英語字幕になるが、その上にポルトガル語の字幕がかぶさっていた。ブラジル辺りで上映されたものだろうか。面白かった。4部作で、三島の3つの作品を通じて三島の人物と美学を浮き彫りにし、最後は防衛庁での切腹の場面で終わる。インターネットで観られるというから、既に観た日本人も少なくないはずだ。
数日前に沖縄についてシンポジウム形式の講座を開いたが、これを機に、持ってきていた『沖縄返還の代償-核と基地-密使・若泉敬の苦悩』(NHKスペシャル取材班、2012年5月、光文社)を読んだ。佐藤栄作の密使として活動した若泉の本心や、96年7月の自殺の謎を探る興味深い内容だ。乗船前に、取材班のひとり宮川徹志ディレクターから贈られていたものだ。日本外交は、密約と嘘という姑息な作風をやめない、ちっぽけな外交屋に牛耳られている。大いなる不幸だ。
水平線が暮れてきた。オーシャンドゥリーム号は、大海原を北西の方向に斜めに進んでいる。