2012年8月10日金曜日

~波路はるかに~第8回

【8月9日太平洋上にて伊高浩昭】PB(ピースボート)オーシャンドゥリーム号は、日付変更線に向かって白雲と青空が半々の大海原を走っている。最後の寄港地エンセナーダを離れて1週間経った。私の船内講座は、今朝の沖縄シンポジウムをもって終わった。あとは恒例の「パブロ・ネルーダ朗読会」と、朝の音楽DJ番組を何回か残すだけだ。
 沖縄企画は、長崎原爆投下の日に因んだ「ピースデイ」関連企画の一環だった。船客のなかから仲田清喜・元琉球新報記者と吉原功・明治学院大学名誉教授を壇上に迎え、満場の船客とともに討論し、意見を交わした。船内のさまざまなサロンで終日、企画が展開される。
 真夜中に日付変更線を通過し、8月11日に移行する。8月10日は存在しない。西半球から東半球に入るために一日を失うのだ。横浜帰着まで1週間となった。
 先日、ラ米情勢を語ったとき、最近のベネズエラの南部共同市場(メルコスール加盟)の意味について質問された。南米中北部の米州ボリバリアーナ同盟(ALBA=アルバ)の盟主ベネズエラの、南米深南部のメルコスール加盟は、南米およびラ米の団結を強化するのに貢献する。チャベスのベネズエラは、険悪な対米関係上の立場を強化することになる。経済面では、ベネズエラはメルコスールから食料など産物を輸入するが、輸出すべきものはあまりない。この加盟は、メルコスールにとって輸出市場の拡大に繋がる。
 失策を犯したのは、先頃、国会でフェルナンド・ルーゴ大統領を弾劾し追放したパラグアイだ。この「民主制度の停止」を攻められ、メルコスール加盟資格を停止されてしまった。パラグアイ国会は、かつてのストロエスネル独裁時代からの右翼有産層の代表が多数派で、ベネズエラの加盟条約条項の批准を拒否してきた。ところが加盟資格停止となったため、批准済みのアルゼンチン、ウルグアイの加盟3国は、この機に乗じて、さっさとベネズエラ加盟を認めたのだ。
 話は変わるが、村岡博人・元共同通信記者の記者人生を克明に描いた『ここに記者あり』(片山正彦著、岩波書店)を読破した。私は1968年のメキシコ五輪時、開会式原稿を書く花形記者だった村岡氏の案内役兼通訳として、メキシコ市一帯を駆け回った。国際報道畑の私には取材上の濃密な接点はこれしかないが、氏の取材報道姿勢からは大いに学ぶべきものがあった。この本を読んで、そのことをあらためて思った。権力の延長線上に身を置いて良い気になっている記者が少なくない。権力に魂を売った記者さえいる。この本は、記者資格を倫理的に失いながら記者稼業を続けている彼らには、とりわけ苦い薬になるはずだ。
 付記すれば、著者の片山氏と親しく付き合った唯一の機会は、1992年のバルセローナ五輪取材時だった。当時まだ通信社記者だった魚住昭も一緒だった。