【8月15日太平洋上にて伊高浩昭】船内で「終戦記念日」に因んだ会合があった。「地球小学校」というシリーズ企画の最終回だったが、聴衆の若者たちは歴史を知らず、まさに「小学校」的初歩の内容だった。しかし、企画者が在日の青年であるところに意味があった。生まれる前の遠い過去の日の史実を発掘して学び、それを若者たちと共有しようという、真面目さが光っていた。乗客の韓国人も発言し、日本敗戦と背中合わせの自国の独立記念日である「光復節」について説明した。日本の若者は、それを知らなかった。
船尾のデッキでは、「太平洋戦争全関係諸国戦没者」のための追悼式があり、船客の中にいた仏僧が教を唱えた。正午には、オーシャドゥリーム号が汽笛を鳴らした。最後はお決まりの「故郷=古里」の合唱だったが、なぜこの歌が8・15などの慰霊行事に歌われる習慣が根付いたのか知らない。腑に落ちない。もとっと、ふさわしい歌があるはずだ。
これで沖縄慰霊の日(6月23日で、私の乗船前)、広島・長崎、8・15と続く船内行事がみな終わった。福島原発人災関連行事も既に終わっていた。今日の8・15会合のさなか、近くの廊下では麻雀に興ずる音や碁の石の音が聞こえていた。大方の年配者の無関心と、ごく一部の若者の関心。今回もそれが際立った。船内にいる語学教師である欧米系青年の姿は、今日の追悼式では私の目には映らなかった。
昨夜は快晴で、満天の星座が輝き、流星が数多く降った。今日は一転して雨だ。正午の汽笛は、霧笛のように響いていた。今夜半、時計は新たに1時間戻り、日本標準時(JST)と同じになる。下船準備態勢が今日から始まり、明日は荷造りだ。100日間の世界周遊航海を、若者たちは「短かった」と嘆き、年配者は「長かった」ともらして、自らを慰める。明後日17日には、横浜に帰着する。