私の小学生時代、男児の間で最も人気のあった映画は、片岡千恵蔵主演の「七つの顔の男・多羅尾伴内」シリーズだった。放課後、浅草や入谷の映画館に走って行って観たものだ。
このほど、ある深夜に、「7つの顔」(1946年)と「13の眼」(1947年)を観た。いずれも松田定次監督で、大映作品。日本を占領した米軍当局から時代劇を禁止されたため、西部劇式に拳銃で派手に撃ち合う現代劇に切り替えたもので、大人から見れば荒唐無稽極まりない筋だが、子供には大いに楽しい映画だった。
このシリーズの最初の作品「7つの顔」で、千恵蔵は奇術師、多羅尾伴内、監獄、新聞記者、占い師、片目の運転手、藤村大造に七変化(へんげ)した。「13の眼」では、犯罪研究者、奇術の得意な贋金造り、占い師、闇市場の万年筆売り、多羅尾伴内、 藤村大造に変化した。大人は、いくら変装してもみな千恵蔵だとわかってしまっている、と批判していたが、子供は問題にしなかった。
大映は4作で終わり、東映に移って、さらにヒットした。「片目の魔王」、「曲馬団の魔王」などが生み出された。観た翌日、教室で千恵蔵の台詞の真似を競い合った。60~65年ぶりに観るシリーズ、今観ると、千恵蔵はあまり強そうに見えない。
だが、敗戦直後の貧しかったあのころ、私たち子供は、千恵蔵の現代劇を時代劇同様に愛していた。