2012年8月14日火曜日

~波路はるかに~第10回

814日太平洋上にて伊高浩昭】PB船は横浜に向かって南下している。海は今朝から完全に夏になった。昨日までの涼しさは消えてしまった。先住民族が恩恵を受けていた大海、そして、彼らの太平の夢を破ったスペイン人征服者の一人バルボアが1513年にパナマで展望した「静かな海=太平洋」は、こんな海だったはずだ、と思わせるような、波のほとんどない静寂な大海原だ。大空は青く澄み、点在する白雲は停止して動かない。
 マガリャンイス(マゼラン)がフィリピンに到達したのも、ポルトガル人がマラッカ海峡を越えて太平洋に入ったのも1520年代だった。世界はイベリア半島両国の航海者によって、一つの円周大航路で結ばれたのだ。ポルトガル人が種子島に漂着し、鉄砲を伝えたのは1543年だった。天正少年使節団はポルトガルの支援で16世紀末にインド洋・喜望峰航路で欧州に渡り、ローマに行った。支倉常長は1610年代後半に、スペイン人の支援によってアカプルコに渡り、ローマに向かった。帰路は、アカプルコからフィリピン経由で、仙台にたどり着いた。
 それにしても(大航海時代)という言葉は、あまりにも無味乾燥にして(中立的)すぎる。航海者とその母国群の領土、財宝、布教、強姦などへの野心を覆い隠す。「大略奪野心的航海時代」とも言うべきなのだ。
 昨日、船上講師としての仕事はすべて終わり、今日は海洋と対話しつつ、読書をしている。『マルコスX自伝』(濱本武雄訳、2002年中央公論新社)は下巻に進んだ。半世紀前の人物の伝記をいま読むのは、ある仕事の参考書としてだが、実に面白い本だ。快晴の海洋と対峙しつつも融合し、興味深い読書をする。今航海での最大の贅沢だ。