☆★☆★☆アパルトヘイト(人種隔離)体制時代の南アフリカ共和国では、信じがたいほどひどいアフリカ人差別が制度化されていた。その実態のひとかけらを描いた演劇「シズウェは死んだ」を5月29日、赤坂のレッド・シアターで観た。
★製作を担当した渡辺江美さんが率いる地人会新社の記念すべき第1回公演として演じられた。5月10日が初日で、31日が千秋楽。最終公演の3回前の芝居を観たのだが、台詞や仕草が板についていて、観やすかった。
☆南ア人アソル・フガードの原作で、ジョン・カニとウィンストン・ヌッショナが1972年に南アで初めて演じた。日本では87年に木村光一演出により、「こんな話」として地人会(当時)が公演したのが最初だ。この種の演劇を<陳述劇>と呼ぶそうだが、今、演じているのは川野太郎と嵐芳三郎だ。
★少数白人支配時代の南アでは、絶対的多数派のアフリカ人を、地図上の<しみ>のような国内10カ所の種族別居住地域(ホームランド)の<国民>とし、<白い南ア>から黒人を皆無にしてしまおうという、途方もないファシズム政策が本気で考えられていた。アフリカ系は「パス」という、戸籍、住民票、就職歴などを兼ねたパスポート型の重要書類の常時携行を義務づけられていた。
☆この芝居の物語は、シスカイという「独立したホームランド」への<帰国>を迫られているシズウェという老人が、ブンツゥという男の機転で窮地を脱するという、パス法絡みの話だ。
★シスカイは81年12月4日、南アから<独立>させられた。その数日前、私は駐在していたヨハネスブルクからイーストロンドンに飛び、そこから陸路キングウィリアムズタウンに移動して、<独立式典>を取材した。芝居の舞台は、イーストロンドンの西南西にあるポートエリザベスである。
☆フガードは、シスカイ<独立>を受けて、原作をわずかに書き直したのだろう。芝居を観ていた間中、3年余り費やした30年前の南ア取材時代が重く、かつ懐かしく、私にのしかかっていた。
★素晴らしい演劇だった。地人会新社の第2回公演は、来年4月の「根っこ」だ。これも観応えのある作品になるに違いない。(問い合わせは同社、03-3354-8361)
【参考文献】伊高浩昭著『2010年の南アフリカ』(2010年、長崎出版)、伊高浩昭著『南アフリカの内側-崩れゆくアパルトヘイト』(1985年、サイマル出版会)。