大仏次郎(1897~1973)には、フランス近現代史の仏語資料を基にまとめた一連の作品がある。その一つが、1959年に発表された『パナマ事件』である。朝日新聞社の文庫本(1983)で読んだ。
スエズ運河を建設したフェルディナンド・ドゥ・レセップス(1805~94)の栄光と波乱に富んだ生涯を描いたノンフィクション。スエズ運河建設で世界的著名人となったレセップスは、その声望に後押しされてパナマ運河建設に挑むが、見事に失敗する。それからは失意のうちに凋落の晩年を送る。
著者は、これを戦前に書く予定だったが、2・26事件後の日本政治の軍国主義化で断念した。巻末の解説で井出孫六が指摘するように、時宜を逸したことや、文章が細部に入り込みすぎて、迫力を欠く嫌いがある。
だが、レセップスルの人生を知る上で、十分に面白い。私はスエズとパナマの両運河を通航した経験があるが、レセップスの人生の明暗を分けた二つの運河は彼と不可分の関係にある。
通航する時、オマージュを捧げないわけにいかない。スエズ運河は最近、一部水路が複路化された。