2012年1月18日水曜日

マリオ・バルガス=ジョサの推理小説

☆★☆MVLLの1986年の作品『誰がパロミノ・モレーロを殺したか』(鼓直訳、1992年、現代企画室)を読んだ。いつ、どこで、誰が、なぜ、何を、どのようにしたのかーというジャーナリズムの事実関係の迷路に何日もはまりこんでいた頭を休めるために、たまたま手元にあったのを読んだのだが、題名のとおり形態は推理小説だった。

    それも、文学性の高い推理小説だ。氏名をあてがわれて登場する人物はすべて、主役、脇役、通行人の区別なく、その人間が描かれている。事件の進行とは別に、人間の物語が流れている。極めて読みやすく面白い小説であり、かつ、十分に味わい深い。

    ペルー北端の、エクアドール国境に近いピウラ一帯が舞台であり、「エクアドールとの密貿易」というジャーナリズムの問題も背景に配置されている。ペルー対エクアドール、という何度か戦争をしたことのある隣国同士の<二項対立>の構図も、この小説の構造に組み込まれている。読者へのサービスの行き届いた物語である。

    かつてリマでインタビューしたMVLLは、「私の唯一の悪癖(ビシオ)は小説を書くことだ」と言っていた。去年6月来日した際の質疑では、「作家には多様性、多面性、多作が重要である」という趣旨の説明を受けた。この作品のような娯楽性の強い物語も、その「多」の意味するところに含まれている。だが単なる娯楽性だけでなく、ペルー北部の情景と、そこに生きる人間の姿が、はっきりと伝わってくる。だから「多」なのだ。

    現実の「いつ、どこで」というジャーナリズムの時空との格闘で疲れた頭を、この小説の架空の時空は、たっぷりと休ませてくれた。