日中間での尖閣諸島領有権「棚上げ」に関する野中広務発言が波紋を投げかけている。安倍政権は「棚上げ」を否定した。自民党政権にとって都合が悪いからだろう。
「日中国交正常化」は1972年になされた。その鍵となったのは、田中角栄首相と周恩来首相との北京での会談だった。その会談で「棚上げ」合意があったか否かが問題になっているのだ。
私は、70年代半ばラ米から日本に戻り、通信社の那覇支局に行った。約3年間、沖縄問題を取材したのだが、中国漁船が魚釣島を執拗に包囲する事件が起きた。私は海上保安庁の巡視船で現地を取材した。[当時の状況は、拙著『沖縄アイデンティティー』(マルジュ社)に詳しい。]
そのころ私は那覇市で、日本のある省庁の高官にインタビューした。中国漁船の「尖閣出動」の話になったとき、その高官は次のように話した。
「田中首相は突然、周首相に、尖閣問題を話し合いましょう、と切り出した。すると周は待ってましたとばかり、その問題は後で話し合いましょう、と応じた。結局そうなった」。これが、「棚上げ」の瞬間だった、という。
同高官は、「日本は尖閣諸島を実効支配しているのだから、領有権問題を絶対に切り出してはならなかった。短気な田中は、ゆったりと構える周の罠にまんまとはまった。田中は売国奴になった」と、苦々しそうに語った。
この「事実」は、当時の日本の多くの高官が把握していたはずである。日中交渉取材に携わった当時の政治記者や外信記者も知っているだろう。「売国奴」呼ばわりは不要だが、事実の検証は怠ってはならず、通信社や新聞社は当時の取材記録を調べて事実関係を明らかにすべきだろう。
全体主義国家とは異なる民主制度が曲がりなりにも機能している国の真の強さは、このような検証が可能なところにあるのだから。
安倍政権は「過去隠し」、「歴史改竄」で、右翼ないし極右と見なされ、日本内外で極めて厳しく批判されてきた。ワシントンポスト紙は社説で、「安倍晋三の歴史評価への無能力」を叩いた(月刊誌「世界」7月号「世界の潮」参照)。国際世論は、日本が全体主義の方向に再び舵を切ろうとしているのではないか、と懸念し警戒しているのだ。