2016年1月31日日曜日

キューバのラウール・カストロ議長がフランス訪問

 クーバのラウール・カストロ国家評議会議長は1月30日、2月1~2日のフランスへの国家元首公式訪問に先立ちパリに到着した。この訪問は昨年5月のフランソワ・オランド大統領訪玖への答礼で、1日首脳会談、晩餐会が催される。2日には首相、国会両院議長、パリ市長らと会談する。

 フィデル・カストロ前議長は、1995年フランソワ・ミテラーン元大統領の招きで訪仏し、翌年1月、ミテラーン氏の国葬に参列した。

 クーバを訪問していたホセ・ムヒーカ前ウルグアイ大統領は28日、ラウール議長と会談。29日放映の国営TV討論番組メサ・レドンダ(円卓会議)に出演、ラ米情勢、ラ米統合、クーバ、フィデル、チェ・ゲバラなどについて縦横に語った。

 また同日、フィデルを自邸に訪ね「長時間」語り合った。ムヒーカは会談後、「フィデルは以前会った時よりも輝いていた。フィデルはジカ熱の流行を懸念していた」と述べ、30日帰国した。

 コスタ・リカ(CR)には、米国行きを求めるクーバ経済難民約7500人が滞在、出国を待っているが、その一部である43人が待ち切れずニカラグアに不法入国、拘禁された後、CRに送還された。

 クーバは28日ハバナで北朝鮮と、通商および科学技術開発の協力協定に調印した。

 一方、アルフレド・ロペス玖エネルギー・鉱業相はこのほど訪日、エネルギー開発協力について日本側と話し合った。ロペスは「日本との協力拡大」への期待を表明したが、日本はクーバ海底油田の開発参加に関心を抱いていると伝えられる。

2016年1月30日土曜日

メキシコ連邦区(DF)が「都市メキシコ」(メキシコ市)になる

 メヒコ独立以来200年近く、メヒコ政府の直轄下にあったメヒコ連邦区(メヒコDF、人口885万人)が1月29日の改憲公布により30日、「シウダー・デ・メヒコ」=都市メヒコ=メヒコ市となった。第32番目の「州」として自治権を持つことになる。

 だが引き続き、行政府(大統領政庁)の置かれている「メヒコ連邦首都」としても機能する。メヒコ市の略号「CDMX」も公認された。

 自治憲法を策定する制憲議会選挙は6月5日実施される。定数は100人で、一般選挙で選ばれるのは60人だけ。あとの40人はメヒコ市長と大統領が6人ずつ、28人は連邦議会がそれぞれ任命する。

 制憲議会は9月15日開設され、2017年にメヒコ市憲法を制定、同年9月、憲法は公布される。それまでメヒコ市は、従来通り連邦政府の法制化に置かれる。

 憲法制定後、メヒコ市を構成する12支庁は自治市となる。ちょうど東京都と23区のような関係になる。メヒコ市長は都知事のような州知事権限を持つ。メヒコ市長・議会議員と12市長・市議会は選挙で選ばれる。各市議会は議員10人で構成される。

 ワシントンDCに倣って「メヒコDF」となっていた首都は、かつては「メヒコ県」とか「メヒコ盆地県」などと呼ばれていた。1997年に初めてDF長官が公選制となり、連邦野党「民主革命党」(PRD)が長官の座を維持し、しばしば連邦政府と対立した。

 だがミゲル=アンヘル・マンセーラ現市長はPRDから出馬しながら、連邦政権党「制度的革命党」(PRI)寄り。PRIに協調するマンセーラの強い働きかけで、今回の改憲が実現した。

 マンセーラは2018年の次期大統領選挙への出馬を狙っている。PRDから分派した改革派の「国民刷新運動」(MORENA=モレーナ)を率いるアンデレス=マヌエル・ロペス=オブラドール(AMLO=アムロ)とは政敵同士。メヒコ市の12市ではMORENAが勢力を張っている。

 制憲議会議員100人のうち40人を市長、大統領、連邦議会が任命することになったのは、MORENA排除の狙いも持つ。公選される60人のうちMORENAが何議席獲得するかに早くも関心が集まっている。

 なおブラジルの首都ブラジリアは、ワシントンDCや旧メヒコDFに倣った連邦地区として存続している。 

 
 

2016年1月29日金曜日

ホセ・ムヒーカ前ウルグアイ大統領がハバナで語る

 クーバの賢者ホセ・マルティ(1853~95)の生誕163年記念日の1月28日、クーバ各地で記念行事が催された。前夜ハバナで行なわれた恒例の松明行進の先頭には、ラウール・カストロ国家評議会議長、ホセ・ムヒーカ前ウルグアイ大統領、レオネル・フェルナンデス前ドミニカ共和国大統領らが立った。

 行進はハバナ大学大階段から、マルティが1871年懲役で労働に従事させられた石切り場跡まで。マルティの青年時代の出来事であるため、大学生連盟(FEU)が主催している。ジェニファー・ベージョFEU議長もラウールと並んで行進した。

  この松明行進をはじめマルティ記念行事がいつになく盛大に実施されているのは、昨年の対米復交で、米国の経済・文化圧力が増大し、クーバ人の「革命精神」が弱まるのを防止する政策の一環だからだ。

 ことし4月に開催される第7回共産党大会と、8月にはフィデル・カストロ前議長が90歳になるのを祝う意味も含まれている。

 クーバの対米州文化伝播機関「アメリカス館」(カサ・デ・ラス・アメリカス)は第57回文学賞選考会にムヒーカを招待、ムヒーカは26日アメリカス館チェ・ゲバラ広間で、選考会参加者、ジャーナリストらと質疑応答した。

 ムヒーカは消費文明を批判し、「資本主義的蓄積文化に支配された操舵無き文明」を糾弾した。人類の課題は「地球上でいかに生きるかであるが、市場志向社会やメディア文明によって、その課題を認識できなくなっている」と指摘。

 「私は洞窟暮らしがいいとか貧困がいいとか言っているのではない。少しの食事、少ない荷物、(多くの)生きる時間を持つのがいい。人間は他人と交流してこそ幸せであって、商品ではない」と強調した。

 また、新しい世代に対し「我々旧世代の過ちではなく、自分たちの世代の過ちを犯すべきだ」と、得意の警句を吐いた。

 ムヒーカは27日には、コロンビア内戦和平交渉のFARC首席イバン・マルケスらFARC代表団と懇談した。

 25~28日には「第2回万人と共に万人の善のため国際会議」が開かれ、伯人神学者フレイ・ベト、南米諸国連合(ウナスール)事務局長エルネスト・サンペール(元コロンビア大統領)をはじめ、51カ国からマルティ研究者ら700人が参加した。

 キトでは28日、市内にあるマルティ像前で記念式典が催され、前日のCELAC首脳会議に出席したミゲル・ディアスカネル玖第1副議長、エクアドール国会議長、同文化相らが出席した。

 エクアドール史の英雄エロイ・アルファロ大統領は同国での革命に成功し1895年(マルティの没年)、クーバを独立させるようスペイン国王に書簡を送ったが無視され、クーバに援軍を派遣しようとしてこれも叶わず、大統領給与を独立軍に贈った。その後アルファロは1912年1月28日(マルティ誕生日)に暗殺された。ディアスカネルはこの史実を挙げて、マルティとアルファロとの結びつきを讃えた。

 一方、バラク・オバーマ米大統領が26日発表した対玖経済封鎖緩和策が27日実施された。米国の対玖輸出決済を米禁輸機関で出来ることにした。だが農産物は依然現金払いであり、クーバが米ドルで国際決済するのは許されいない。またクーバからの対米輸出も土産品以外は認められていない。民間航空協定の話し合いは進んでおり、両国航空機が共同運行することが認められた。

 (付記するが、日本メディアで相変わらず「経済制裁」というワシントン寄りの用語を用いる不勉強な記者が目立つ。せめて「禁輸」「融資禁止」などの用語を使うべきだろう。クーバの用語は「ブロケオ=ブロック」であり、歴史的に「封鎖」と訳されてきた。「エンバーゴ(禁輸)」には「封鎖」がニュアンスとして近いが「制裁」は遠い。)

 クーバでは今月半ばから、国営農産物市場で農産物価格の上限が設定されている。生産者や中間業者による価格つり上げや儲け過ぎを抑え込む措置だ。だが当局は、生産増大によって供給を増やして価格を下げるのがあるべき解決策だ、と認めている。 

 アメリカス館は28日、同館文学賞(小説・物語部門)を、「ニ・ウナ・ソラ・ベス・エネル・シエロ(空ではただ一度さえもない)」の著者である亜国人作家アリエル・ウルキサに授与したと発表した。

 この日、ムヒーカが同館で記念講演し、「私は22歳までは文学に熱中していた。だが世界や歴史を変える仕事(政治)に入っため文学から遠ざかった」と切り出し、「生きているという奇蹟を浪費しないでほしい」と訴えて締めくくった。

  

学生43人失踪事件から16カ月のメキシコで同種の事件発生

 メヒコ・ゲレロ州イグアラ市で2014年9月26日から27日にかけて発生した教員養成学校生43人強制失踪事件から16カ月経った1月26日、被害者の家族、学生、教員らは同州内で政府への抗議行動を展開した。事件は依然未解決のままだ。

 家族、友人、教員らは二組に分かれて16日、南端のチアパス州と北端のチウアウア州から中央部に向かって乗用車、バス、徒歩で抗議行進し28日、それぞれケレタロー、モレリア両州に到着、行進を終えた。事件発生以来、この種の南北行進は3回目。

 事件が発生した一昨年9月26日夜、若者たちを乗せていたと見られる警察など当局の車が10台近く、猛スピードで市外に向かう道路を走る監視ビデオの存在が最近暴露され、公開された。これはゲレロ州および連邦の検察庁が、存在を把握しながら隠していたものだ。警察が関与した重要な証拠となる。

 一方、1月11日、ベラクルス州ティエラブランカで、乗用車に乗った女性一人を含む若者5人が警察に連行され、犯罪組織に身柄を引き渡され、失踪した。警察が43人の身柄を麻薬組織に引き渡したイグアラ事件と同一の犯罪形態であり、人道団体は「メヒコはイグアラ事件から何も学んでいない」と嘆いている。

 5人はベラクルス州の南に隣接するオアハカ州内に運ばれた可能性があり、両州警察は捜索を続けている。このティエラブランカ事件は、メヒコ内外にまたかと思わせ、怒りと絶望感を募らせている。

 

2016年1月28日木曜日

エルドアン・トルコ大統領が南米3国歴訪へ

 トルコのレジェップ・エルドアン大統領は1月31日から2月4日にかけてチレ、ペルー、エクアドールを歴訪する。トルコ政府が28日発表した。

 トルコは2006年、LAC(ラ米・カリブ)接近外交を始め、15年には同大統領がクーバ、コロンビア、メヒコを歴訪した。

 今回の歴訪では、経済・技術・投資協力協定に調印する。

 トルコ大統領のペルーとエクアドールへの訪問は初めて。チレには1995年にスレイマン・デミレイ大統領(故人)が訪れている。

 ラ米には、オスマントルコ時代に、その版図にあった地域からアラブ人らが数多く移住、経済、政治両面で根を張っている。

第4回CELAC首脳会議が「キト宣言」採択し閉会

 米州の南LAC(ラ米・カリブ)33カ国が加盟するラ米・カリブ諸国共同体(CELAC=セラック)の第4回首脳会議が1月27日、キト近郊の赤道碑の建つ「ミター・デル・ムンド(世界の中央)」で開催された。

 議長のエクアドール(赤道国)大統領ラファエル・コレアは開会演説で、加盟国が議題策定で一致しなかったのは残念だ、と述べた。24、25両日の実務者会合と26日の外相会合で首脳会議の議題が策定されたが、「CELACを米州諸国機構(OEA)の代替機関とする」エクアドール案(ベネスエラとボリビアが支持j)は一致を見なかった。

 コレアは演説で、①LAC域内を公平化し貧困を減らすため累進課税制度を促進すべきだ②教育科学技術を強化・刷新すべきだ③環境・気候変動問題を対象とする「国際環境司法裁判所」を創設すべきだ④域内インフラ・連結向け投資を域内GDPの6・2%(現在3200億ドル)にすべきところ過去10年間は2・7%しか投下されなかった⑤債務・投資紛争で債務国・被害国の主権を擁護し、多国籍企業寄りの判断をさせないためLACは独自の債務・投資紛争仲裁裁判所を設けるべきだ⑥CELACは地域ブロックとして団結・連帯して行動すべきだ-と指摘した。

 米加両国が加盟しクーバが加盟していないOEA(本部ワシントン、加盟34カ国)についてコレアは、「OEAは適切に機能しておらず時代錯誤的であり、CELACは中期的にOEAに取って代わるべきだ。OEAは北米(米加)とCELACの間で合意や相違点を調整する機関になればいい」との持論を展開した。

 首脳会議は「キト宣言」を採択、輪番制議長国をラ・ドミニカーナ(RD=ドミニカ共和国)に委ね、閉会した。

 宣言は、貧困対策、食糧・栄養・飢餓一掃計画、債務再編成透明化、反腐敗、エネルギー開発、開発融資、文化財回復、海洋保護、中進・重債務国問題討議、対テロリズム政策、核実験全面禁止、域内難民保護、ジカ熱対策、グアンタナモ基地返還・経済封鎖全面解除を米国に求めるクーバ支持、アイチへの外相団(赤、URU、VEN、バハマ)派遣、亜国の対英マルビーナス諸島領有権交渉開始の主張支持、パラグイアの内陸国問題討議促進、国連から託されたコロンビア停戦監視・検証任務承認などを謳っている。

 LAC人口は6億2000万人(世界人口の8・5%)で、2014年のCEPAL統計では、貧者1億6500万人がいて、うち6900万人は極貧。クーバのミゲル・ディアスカネル第1副議長は、域内人口の63%=3尾亜苦9700万人は生活苦に苛まれている、と指摘した。

 同副議長は、「ベネスエラに対する長引く経済戦争、メディア戦争、心理戦と相俟って、重大化している複雑な国際経済状況の犠牲者である同国を断固支持する」と強調した。

 首脳会議には、赤、RD、CR、墨、伯、BOL、COL、智、秘、PAR、VEN、巴、GUA、ガイアナの14カ国大統領、セントvンセント・グラナディーンとアンティグア・バーブーダの首相が出席した。他は副大統領、外相ら。ニカラグアは副外相だった。政情が混乱しているアイチのミシェル・マルテリ大統領は出席を見合わせた。マクリ亜国大統領は、対VEN内政干渉発言で矢面に立つのを避けるためか欠席した。
  

2016年1月26日火曜日

大混乱のハイチで野党勢力が暫定政権樹立を提唱

 大統領選挙決選(1月24日予定)が無期限延期となったアイチ(ハイチ)では、25日も首都ポルトープランスで政権党と野党勢力がそれぞれ支持者を動員して抗議や威嚇の行動を続行、不穏な空気が立ち込めた。過去数日間の暴動などで5人が死亡している。

 諸野党で構成する「G8」は25日声明を発表、ミシェル・マルテリ現大統領の任期が終わる2月7日、マルテリでなく最高裁長官ジュール・カンタヴを臨時大統領とする暫定政権の樹立を呼び掛けた。

 暫定政権の期間は半年で、その間に報道機関協会、人権擁護協会、アイチ国立大学などの代表で構成される独立機関が、ちょうど3カ月前の昨年10月25日実施された大統領選挙第1回投票時の組織的な不正を究明する。さらに暫定政権は、やり直し選挙実施に備え、30日以内に、公正な選挙実施の規則を策定する。

 暫定大統領はまた、首相を任命する。暫定政府は、農民、教員、警官を含む低所得者を優遇する。選管を刷新する。

 これに対し政権党は、決選の早期実施のため日程決定を要求している。2004年に改革派大統領ジャンベルトゥラン・アリスティドを米仏加3国が謀って追放する契機となった武力蜂起の指導者ギ・フィリップら元軍人集団も政権党支持に回った。

 フィリップらはCIAと組んでドミニカ共和国国境地帯から武闘を仕掛け、アリスティドを追い詰めた。

 国際社会はアイチに対し、暴力を止め、選挙日程策定を求めている。だが野党勢力は、不正に始まる選挙の決選は認めないとの立場だ。

 キトで27日開かれる第4回ラ米・カリブ諸国共同体(CELAC)首脳会議は、アイチ問題を急遽、主要議題に加えた。

 
 

破綻した石油依存型に代わる生産経済を、ベネズエラ政府強調

 ベネスエラのアリストーブロ・イズトゥーリス執権副大統領は1月24日、「チャベス前政権以来蓄積されてきた社会政策の成果を守るためには、破綻した石油依存型経済を超克し、生産的経済を発展させねばならず、そのための唯一の方法は、国内のさまざまな生産部門と率直かつ透明性をもって対話することだ。政府はそう確信している」と強調した。

 民放テレビ「テレベン」のジャーナリスト、JVランヘールの日曜定例番組で語った。同副大統領は、19日発足した「国家生産的経済理事会」(CNEP)の議長を務めており、「そうした対話機関こそがCNEPだ」と指摘した。

 だが、あくまで社会政策の成果維持が優先されると、繰り返し言及。国民皆識字化、年金生活世帯300万維持、学生1000万人教育維持など挙げてきた成果は「並大抵のことではない」と力説した。

 副大統領はさらに、「石油収益依存経済は破綻していたが、一昨年までの原油高がそれを延命させた。今や、石油部門以外の分野で外貨を稼がねばならない」と述べた。だが、「この国は一次産品を加工するのに慣れておらず、何でも輸入してきた」と言い、経済生産多角化が容易でないことを示唆。「企業家は生産する義務を果たすべきだ」と訴えた。

 JVランヘール(元副大統領、外相、国防相)はこの日の番組で、政府の経済政策に関する最新の世論調査結果を発表。政府と民間部門との連携に90%が賛意を示し、新しい経済モデル形成に79%が賛成、19%が反対した。

 政府による民間企業規制に80%が賛成、19%が反対。経済の政府主導には56%が賛成、41%が反対した。国公営企業の民営化には74%が反対。内外からの民間投資導入には85%が賛成した。

 全国農牧業者連盟(CONFAGA)のホセ・カンポス会長は25日、ベネスエラは耕作地を1000万hr拡大することが可能、と述べた。食糧生産に全力を挙げれば、輸入は激減、食品不足も起きないはずだが、石油収益依存体質がなかなか消えない多くのベネスエラ人は汗水たらして働くのが苦手だ。

 マドゥーロ政権は国庫赤字を減らすため一昨年から、補助金を削減しガソリンを値上げする必要性を口にしてきた。だが支持者離れを警戒し、実施に踏み切れないできた。しかし昨年12月の国会議員選挙で惨敗したため、ガソリン値上げがやりやすくなった、との見方が出ている。

 一方、政府は23日、ボリバリアーナ革命勢力の再結集を図るため、「祖国会議」の設立を決め、その実現のため「全国促進委員会」を発足させた。保守・右翼野党連合MUDが圧倒的多数派となった国会の場外で「人民議会」のような組織を創り、チャベス派有権者を引き寄せ発掘しようという戦略だ。

2016年1月25日月曜日

コロンビア人作家JGバスケスの「物が落ちる音」を読む

 コロンビア人作家フアン=ガブリエル・バスケス著「物が落ちる音」(柳原孝敦訳、松らい社、2000円)を読んだ。バスケスは1973年生まれ、今年43歳になる若手作家である。

 コロンビア人としての自身の半生と時代状況を絡ませた小説だ。コロンビアは70年代に本格的なコカイン密造密売時代に入った。これが一貫した時代背景なのだが、作家は主人公にコカインでなく大麻の密輸から始めさせている。

 主人公は、語り手(作家の分身)の目の前で殺し屋に殺されてしまう。謎めいた語り口は、主人公が大麻からコカイン取引に移り、麻薬マフィア間の利権争いに巻き込まれていたことを示唆する。

 主として麻薬戦争が激化する前の時期の話だが、政府軍と左翼ゲリラとの内戦は続いていた。内戦を思わせる記述も、わずかながら出てくる。

 世界最大のコカイン生産国コロンビアの男と、同最大消費国・米国の女性が結びつくところが味噌だ。語り手の人生の流れの中で、語り手が玉突き場で知り合った主人公の人生が劇中劇のように語られ、最後には両者は収斂する。その時、語り手の妻は夫に愛想をつかし、娘を連れて去ってゆく。

 人と人の出会い、別れ、再会は、愛や打算を伴いつつ、人と運命の絡み合いの元となる。これが骨組みになっている。巧みな構成だ。

 1960年から56年も続いてきたコロンビア内戦は、3月下旬、和平協定調印が実現しそうになっている。実現すれば、内戦期のさまざまな実話、逸話、体験などを踏まえた小説が生まれてくるだろう。大いに期待したい。 

2016年1月24日日曜日

スペイン首相の多数派工作不調で左翼政権の可能性浮上

 スペインのマリアーノ・ラホーイ首相は1月23日、国会下院第2党PSOE(スペイン労働社会党、中道左翼、90議席)、ポデモス(左翼、69)、統一左翼(IU、2)などによる連立構想が浮上していることについて、「われわれPP(国民党、右翼、123議席)は上院で過半数、下院で第一党であり、そのような連立政権は機能しない」と述べ、強く牽制した。

 下院の定数は350議席、過半数は176議席である。昨年12月20日の総選挙から一カ月余り、政局は混迷の極にある。

 国王フェリーペ6世は22日、各党党首たちと個別に会談した。ポデモス代表パブロ・イグレシアスは国王に、連立政権構想を示し、その場合、PSOEのペドロ・サンチェス党首が首相、自身が副首相になる、と伝えた。

 この構想を事前にイグレシアスから伝えられていなかったサンチェスは不快感をあらわにし、現時点で、この連立構想に乗るつもりはないと表明した。ポデモスは、スペインからの独立を目指すカタルーニャのため独立の是非を決める国民投票の実施案を支持しており、独立に反対するPSOEと対立してきた。

 弱小政党IUは、ポデモスの呼び掛けに賛意を示している。カタルーニャの独立派諸党は事態を見守っている。

 PPは、PSOEおよび、下院第4党「市民」(中道右翼、40議席)との大連立を模索してきたが、PSOEが反対、市民も態度を保留し、行き詰っている。

 国王は27日再度、各党首から意見を聞き、最終的にラホーイに組閣を求める公算が大きい。だがラホーイが多数派工作に成功する可能性は小さく、これに失敗すれば、ラホーイは首相辞任を余儀なくされると見られている。

 国王から組閣を要請された者は2カ月以内に組閣せねばならない。ラホーイが早々に諦めれば、第2党のPSOE党首サンチェスに組閣責任が回って来る見通し。サンチェスは、これを待ってポデモスなどとの連立工作に着手する公算が大きい。 

ベネズエラ国会が大統領の発した「経済非常事態」を否決

 ベネスエラ国会は1月22日、ニコラース・マドゥーロ大統領が15日発した「60日間の経済非常事態施行」の政令を否決した。経済政策をめぐり、チャベス派政権と、保守・右翼野党連合MUDが圧倒的多数の立法府が真っ向から対決する事態となった。

 MUDは政令反対107票、賛成54票で、政令を葬った。否決理由を、「経済危機の責任は行政府と経済政策にある。政令は問題解決に役立たないどころか、一層悪化させる」と説明した。

 またヘンリー・ラモス国会議長(MUD)は、経済関係閣僚らは21日に国会で政令の説明をすべきところ拒否し国会に来なかったとして、「情報が出されず政令内容は不確かであり、認めようがない」と述べた。

 大統領は、「政令否定は残念だ。MUDは事態打開に背を向けている」と非難した。

 この日、国際通貨基金(IMF)はベネスエラ経済について報告、2015年インフレは275%で「世界最悪だった」が、16年は年率720%にも達する見込み、と明らかにした。

 報告は、ベネスエラ経済は15年に10%縮小したとし、16年には8%縮小すると予測した。ベネスエラ中央銀行は今月、15年1~9月のインフレは108・7%、経済縮小は4・5%と発表、IMFの数字と大きく食い違っている。

 2015年ラ米では、ベネスエラの他、亜国、ブラジル、エクアドールの経済も縮小した。

 ベネスエラ原油の国際価格は22日、1バレル=21・5ドルまで落ちた。マドゥーロ大統領は同日、ウラディーミル・プーチン露大統領と電話会談し、価格上昇策を話し合った。

 マドゥーロは石油輸出国機構(OPEC)に原油価格安定化のため緊急会議を提案しているが、イランを含む湾岸産油諸国は22日、「会議を開けば、かえって負の効果をもたらす」として、会議開催反対を表明した。

 一方、デルシー・ロドリゲス外相は22日、マウリシオ・マクリ亜国大統領がこのほどダボスでの「世界経済フォーラム」で、「ベネスエラでの民主的自由抑圧」を批判したのを受け、内政干渉としてはねつけた。

 外相は、「マクリは政権に就いて2カ月も経たないのに、自国で人権を蹂躙してきた。二重基準だ」とやり返した。その具体例として、「五月広場の母たちの会」のエベ・デ・ボナフィニ会長への迫害的対応策と、「マクリの経済政策を批判したラ米議会議員ミラグロ・サラを拘禁したこと」を挙げた。

 マクリ右翼政権登場とMUDのベネスエラ国会支配に懸念を表明してきたボリビアのエボ・モラレス大統領は23日、施政10周年に際し政権党・社会主義運動(MAS)幹部会合で演説、「帝国主義勢力はラ米を分断しようと画策している。ラ米右翼を(これ以上)復活させてはならない。我々はベネスエラ・ボリバリアーナ革命とエクアドール市民革命を守り、ブラジル、亜国、ボリビアでの社会政策の成果を守らねばならない」と強調した。 

第4回CELAC首脳会議がコロンビア停戦監視協議へ

 エクアドール(赤道国)のリカルド・パティーニョ外相は1月22日キトで記者会見し、同市郊外の赤道が走る「ミター・デル・ムンド(世界の中央)」にある南米諸国連合(ウナスール)本部で26日、ラ米・カリブ諸国共同体(CELAC、加盟33カ国)の外相会議、次いで27日、第4回CELAC首脳会議が開かれる、と公式に明らかにした。

 首脳会議には、議長のラファエル・コレア赤大統領のほか、伯BOL亜PAR智COL秘VEN墨HON愛GUA巴CRおよびRD(ドミニカ共和国)とガイアナの16カ国大統領が出席を確約済み。

 URUとESは副大統領、玖は第一副議長が出席。ニカラグアからは「外務省使節団」がやって来る。亜国のマウリシオ・マクリとグアテマラのジミー・モラレスは初出席。ペルーのオヤンタ・ウマーラと、アイチ(愛)のミシェル・マルテリには最後の機会となる。またRDのダニーロ・メディーナにとっては現任期最後の出席機会となる。同国では5月15日大統領選が実施され、メディーナが再選されれば、来年また出席できることになる。

 セントヴィンセント・グラナディーン、セントルシーア、バハマからは首相が出席する。他の国々からは外相らが出席する。

 今首脳会議の最重要議題は、3月23日に内戦終結を謳う和平協定が調印される予定のコロンビアでの停戦監視を国連から委託されているCELACがその任務にどう対応するか、である。

 首脳会議終了時に、輪番制のCELAC議長国はエクアドールからRDに引き継がれる。28日には、ウナスール外相会議が開催される。

 一方、ブラジルのヂウマ・ルセフ大統領は27日の首脳会議で、ラ米経済統合に向けて、南米共同市場(メルコス-ル、加盟5カ国)と太平洋同盟(AP、4カ国)との連携強化促進を提案することにしている。CRのルイス・ソリース大統領は、クーバ経済難民ら域内難民への対応策についての協議を望んでいる。

 首脳会議は、ラ米左翼代表格のニコラース・マドゥーロVEN大統領と同右翼代表格のマクリ亜大統領の初顔合わせの場となる。どのようなやり取りがなされるか、関心を集めている。

(★亜国政府は24日、マクリ大統領は肋骨の痛みとダボス疲れのため標高2700mのキトでのCELAC首脳会議には出席しない、と発表した。代わりにガブリエーラ・ミケッティ副大統領が出席する。だが23日、マドゥーロVEN大統領はダボスでマクリが行なったベネスエラへの内政干渉発言を首脳会議で問いただす旨を表明、マクリは不利な論戦を避けるため急遽欠席を決め込んだのではないかと観測されている。マクリは、コレア赤大統領に個別会談を申し込むなど、CELAC初出席に意欲を示していた。)

 

都内の会合でチェ・ゲバラやラ米を語る

 天気予報で降雪の可能性が伝えられた1月23日は確かに寒く、雪に備えて外出した。東京都練馬区光が丘という、同区副都心での会合に招かれた。チェ・ゲバラやラ米情勢を語るためだった。

 参加者は、思った通り年配の知識人ばかりだった。新聞記者上がりのフリージャーナリスト、フリーライター、元企業駐在員、中国研究者、最近訪玖した人、幅広い興味を持つ人、たちだった。最高齢者は91歳の女性だった。

 チェについては印象論としてある程度知ってはいても、クーバやラ米についてはよく知らない人ばかりと見受けられた。このため、基本的な話をしてから、質疑応答に切り換えた。

 中東研究者からは、「チェとISの共通点」についての指摘がなされた。イスラムの若者たちがISになびき馳せ参じる様相は、クーバ革命後、チェに憧れてゲリラ戦に走った若者たちと似ている、という捉え方だ。

 なるほど、そのような分析が今、中東研究者らの間ではなされているのか。これは、私にとっては「初耳」だった。チェの著作の多くはアラビア語に訳されて書店や図書館に並んでいるという。チェがアラブ諸国でも人気があるのは充分想像できる。

 最近の南米情勢の「右旋回」も話題になった。私は22日東京で来日中のウルグアイの政治学者オスカル・ボティネリ(71)とラ米・南米情勢を語り合ったばかりだったが、その一部を伝えておいた。

 ポプリズモ(人民主義)は、貧困大衆層に恩恵を施し見返りに票をもらい、政権を維持する。だが施しの基となる国家・政府資産が乏しくなると、ポプリズモは勢いを失う。

 富裕層、中産層など伝統的支配階層は、ポプリズモを「大衆迎合主義」と受け止め、否定的に捉える。だが貧困大衆層にはありがたい人民主義である。

 冬の日暮れは早い。降雪前にと早めに帰路に就いた。だが雪は降らなかった。
 

2016年1月23日土曜日

ハイチが暴動理由に大統領選挙決選をまた延期

 アイチ(ハイチ)の暫定選挙理事会(CEP、選管)は1月22日、治安不安定を理由に24日実施予定の大統領選挙決選を無期限延期する、と発表した。当初は昨年12月27日に予定されていたが、その後、1月24日に延期されていた。

 昨年10月25日の大統領選挙の投票率はわずか26%だったが、政権党候補ジュヴネル・モイスを得票率1位にするための大掛かりな不正があった事実が明らかになった。このため主要野党は決選実施に反対し、第1回投票の開票と集計のやり直しを求めていた。また得票2位で決選進出が決まっていた野党候補ジュドゥ・セレスタンは、不正を放置したまま決選実施を急ぐ政府とCEPを糾弾して決選をボイコットした。

 21日夜、首都ポルトープランスでは反政府・野党勢力の支持者が大挙して投票所を襲撃、放火し破壊した。この暴動状況は22日さらに拡大し、自動車やタイヤが燃やされ、商店略奪も起き、発砲もあった。警官隊と衝突が続いている。

 CEPが決選延期を発表した後も暴動は収まらず、標的を大統領退陣とCEP反対に移している。

 ミシェル・マルテり現大統領は2月7日任期満了で退陣するが、ポール・エヴァン首相、上院議長、外相らの誰かかが暫定政権を率い、選挙を管理、新大統領を選ぶという説が流れている。

 CEPも政府も、新たな決選の日程を発表していないし、暫定政権構想も明らかにしていない。隣国ラ・ドミニカーナ(ドミニカ共和国)は国境線の警備を強化している。

(野党勢力は23日も首都で大規模な抗議行動を展開し、大統領と首相の辞任、CEP解散、大統領選挙やり直しを求めた。政権党候補モイスは同日記者会見し、決選実施を急ぐよう求めた。国連、米州諸国機構=OEA=、欧州連合=EU=は暴力を止め決選を実施するようアイチ政府・有権者に促した。)

ボリビアのエボ・モラレス大統領が政権10周年迎える

 ボリビアのエボ・モラレス大統領は1月22日、政権担当10周年を迎えた。前日21日未明、エボ、副大統領アルバロ・ガルシア=リネラ、全閣僚と、マウタ(賢者)と呼ばれる先住民族指導者らが政治首都ラパス西方のティウアナク遺跡に集い、日の出とともに、パチャママ(大地の母)に感謝する儀式を執り行った。

 エボはボリビア史上最長の政権を維持している。2005年の大統領選挙に社会主義運動(MAS)から出馬、得票率53・7%で当選した。06年1月22日就任、国家経済の柱である石油・天然ガスを国有化した。これが慢性化していた国庫赤字を黒字に転じさせることになる。続いて電気通信、鉱山、電力、航空、セメントなどを国有化した。

 08年、新憲法制定の国民投票で67・4%の支持を得て、ボリビアを「多民族国家」と規定する憲法を制定。人口の過半数を占める先住民族を事実上、国政の中心的存在として位置付けた。

 改憲後09年の大統領選挙で64・2%、同じく14年に61・3%で再選された。その間、10年にコチャバンバ市郊外のティキパヤで「世界人民サミット」、14年サンタクルースデラシエラ市で「国連開発途上77カ国集団」(G77)首脳会議を開いた。

 過去10年の経済成長率は平均5・1%で、13年には6・8%を記録した。95億ドルだった国内総生産(GDP)は345億ドルに増えた。国庫は石油国有化の06年以降、黒字が続いている。

 極貧率は37%から17%に下がった。エボの現在の任期が終わる2020年までに9・5%に下げるのが目標。

 最大の危機は08年のクーデター未遂事件だ。伝統的支配層の拠点だった保守的なパンド、ベニ、サンタクルース、タリーハで反政府行動が起き、20人を超える死者が出た。エボは、陰謀の背後にいたとして米大使を追放した。以来、両国間の大使級外交関係は途絶えている。

 エボは昨年末、「2016~20年経済社会開発計画」を打ち出し、19年の次期大統領選挙に出馬する意志をあらためて表明。来月2月21日実施の国民投票に臨む。連続3選を禁止する09年憲法の大統領再選条項を改定するためだ。

 これに勝ち19年に再選されれば、2025年まで政権に居続けることになる。計19年の長期政権となるわけで、さすがに支持者の間には戸惑いが見られ、野党勢力は猛烈に反対している。

 昨年12月、亜国でマクリ右翼政権が発足、ベネスエラ国会議員選挙では保守・右翼野党連合が圧勝した。このような「南米右傾化」の波も影響している。世論調査では、国民投票は「接戦」模様。

 だが、先住民族の誇りと認同(イデンティダー=アイデンティティー)を蘇らせ、経済を健全化したエボへの支持は依然堅固で、投票1か月前の現時点では、敗北よりも勝利の展望の方が上回っている。




 

2016年1月22日金曜日

ブラジルで「世界社会フォーラム」(FSM)始まる

 ブラジル南リオグランデ州都ポルトアレーグレで1月19日、FSM(世界社会フォロ=フォーラム)が始まった。この日、内外から参加している1万人が市内を行進、特にブラジル人らは「ゴルペ(クーデター)を起こさせるな」と叫んで気勢を上げた。

 これは、過去4回の大統領選挙で労働者党(PT)に勝てないできた保守・右翼野党が、ヂウマ・ルセフ大統領(PT)を国会で弾劾しようとしているのを「国会クーデターの陰謀」と捉え、糾弾したもの。

 FSMは、スイス・ダボスで1991年から開かれてきた世界の政財界支配層による「世界経済フォーラム」に対抗するもので、「オトロ・ムンド・ポシ-ブレ(もう一つの世界は可能だ)」を掲げて2001年、第1回会合がポルトアレーグレで開かれた。今会合は、その15周年を記念して開かれた。

 20日は開会式に続き、23日までの日程で分科会が始まった。ブラジルのミゲル・ロセト労相は開会式で、ルセフ政権支持を呼び掛け、ベネスエラの故ウーゴ・チャベス大統領の言動を讃えた。

 パラグアイ人らは、2012年6月起きた「グルグアティ事件」で不当に投獄されたままの農民たちへの支援と解放を訴えた。ブラジル人学生たちは、教育商業化に反対し、無料教育実現を要求した。

 FSMの今年の本会合は8月9~14日、カナダのモントリオールで開かれる。ポルトアレーグレ会合は、モントリオール会合の議題を決めるなど準備会合の意味も持つ。

 一方、ダボスではマクリ亜国大統領がキャメロン英首相と、マルビーナス(フォークランド)諸島問題などで話し合った。昨年までの12年間、新自由主義経済路線に反対したペロン派左翼政権の大統領キルチネル夫妻はダボス会合に参加しなかった。 
 

2016年1月21日木曜日

LATINA「乱反射」はNレオノフ著「ラウール・カストロ伝」解読

◎最近の伊高浩昭執筆記事

★月刊誌LATINA2月号(1月20日刊)

「ラ米乱反射」連載第118回 
ニコラーイ・レオノフ著「ラウール・カストロ 革命の中の人」を読む  圧巻はソ連・キューバ関係秘史の記述

書評:「アルゼンチンのユダヤ人ー食から見た暮らしと文化-」 (宇田川彩著、風響社、800円)

☆NGO機関冊子「そんりさ」Vol.155 (1月16日刊)

連載「ラ米百景」第58回  「日本政府の<違憲性>を告発した日本人移住女性」

経済危機のベネズエラが多角的生産強化政策に着手

 ベネスエラで1月19日、「国家生産的経済理事会」(CNEP)が発足した。石油に頼り切ったうえ政策のまずさから苦境に陥っている経済を救うための活性化策だ。国公営企業や民間企業の代表を含む45人で構成されている。

 同理事会は、石油・天然ガス、油化、農食糧、鉱山、電気通信・電子情報機器、建設、工業、軍事産業、観光を重点部門としている。

 理事会議長に就任したアリストーブロ・イズトゥーリス副大統領は20日の初会合で、「石油一辺倒の経済は破綻した。社会政策の成果を失うことなく経済を飛躍的に向上させる方策を策定する」と述べた。

 新自由主義による解決法を否定、生産向上によって物資の自給自足化を促し、社会主義経済モデルの強化を狙う。チャベス前政権期に始まるコムーナ(コミューン=生活・居住・自治・生産共同体)が重視される。クーバに倣って、都市農業や家庭菜園も手掛けてゆく。

 天然ガスと石油の輸出を柱とし経済建設に成功しつつあるエボ・モラレス政権のボリビアが、参考モデルの一つとされる。また米国などから「経済制裁」され何とか凌いだイランや「制裁」されているロシアの経済も参考になるという。

 ベネスエラ経済は、規模(GDP)縮小、国際石油価格75%減、対外債務返済、備蓄外貨減少、超インフレ、物資不足、腐敗、官僚主義、内外からの妨害、犯罪激発で低迷している。歳出の6割方を占める社会政策と生産性向上策が矛盾する実態を、どう解決してゆくのかが中心的問題だ。

 ニコラース・マドゥーロ大統領の側近の一人、デルシー・ロドリゲス外相は19日、「大統領は経済多角化のために画期的な建設的対話を開始した」と、CNEP設立を讃えた。

 同外相は、スペインのラホーイ右翼政権の外相JMガルシアマルガージョが18日、「ベネスエラ情勢に関するスペイン政府の懸念を欧州連合(EU)外交理事会に伝える」と述べたのに対し、「内政干渉するな」と反撃した。

 ロドリゲスは、「ベネスエラは200年も昔にスペインから独立した。その解放者シモン・ボリーバルの祖国なのだ」と強調。「スペイン政府は、山積する自国の難題に取り組むべきだ」とやり返した。

 一方、カラカス首都区政府のリカルド・ドゥラン報道官は20日未明、市内の自宅に車で帰宅したところを3人組に急襲され、射殺された。諜報機関と警察は、暗殺か一般犯罪か、見極めるため捜査中。首都区政府は3日間の服喪を宣言した。

 カラカスでは7月、非同盟諸国運動首脳会議が開かれる。これに向けて治安強化が図られつつある。同会議にはパン・ギムン国連事務総長も出席を予定している。

 

2016年1月20日水曜日

コロンビア停戦・武装解除の監視・検証はCELACが担う

 ハバナで和平交渉中のコロンビア政府とFARCは1月19日、両者および国連の3者で合同委員会を設置し、3月23日に予定されている和平協定調印後の協定順守状況を検証することで合意した、と発表した。

 国連は、政府軍とFARCの停戦、FARCの武装解除などを実際に監視、検証する任務を、ラ米・カリブ諸国共同体(CELAC)加盟国(33カ国)に委ねる。FARCは当初、南米諸国連合(ウナスール、12カ国)の参加を求めていたが、より大きな機構であるCELACで落ち着いた。

 だが、ワシントンに本部を置き、米政府の影響の大きい米州諸国機構(OEA、34カ国)は外された。

 この監視・検証任務は停戦発効から12カ月間続くが、延長も可能。コロンビア政府は直ちに国連事務総長と安保理議長に、3者委員会と監視・検証組織の結成について伝え、協力を要請した。

 ハバナ交渉は2012年11月から続いてきたが、昨年9月23日の「半年以内の内戦終結」合意以後、急速に進展している。3月の調印式にはバラク・オバマ米大統領、バン・キブン国連総長、ラ米諸国首脳らの出席が予定されている。

2016年1月19日火曜日

ハイチ大統領選挙決選は野党候補降りて実施困難

 アイチ(ハイチ)では1月24日、大統領選挙の決選投票が実施されることになっているが18日、決選に進出した野党候補ジュドゥ・セレスタンが出馬を取り下げ、政権党候補ジョヴネル・モイスだけとなってしまった。

 選挙法では、第1回投票(昨年10月25日)時の得票率第3位の候補が繰り上げられ決選に進出することになっているが、同3位だったモイス・ジャンシャルル候補も決選進出を拒否している。

 このため、決選がまたも延期される公算が大きくなった。当初は12月27日実施予定だったが、第1回投票での投開票の大掛かりな不正を糾弾する野党勢力や世論の圧力で、今月24日延期されていた。

 ミシェル・マルテリ大統領は圧力を受けて、不正の実態を調査する第三者委員会を設置したが、同委は大規模な不正があったとの調査結果を明らかにしている。

 セレスタンは、米国をはじめとする国際社会は不正の存在を知りながら、アイチを二流国家と見下し、決選実施を押し付けようとしている、と非難した。不正にまみれた選挙の決選に進出すれば「選挙によるクーデター」に加担することになるとして、候補を正式に降りた。

 一方、選管に当たる「暫定選挙委員会」(CEP、9人)のうち一人が、不正を放置したまま決選をしようとしてきたCEPに業を煮やし18日、決選実施反対に回った。

 これで反対派3人、資格停止1人となり、CEPの決選賛成派は5人となった。規定では3分の2の6人の賛成が必要だが、5人となって、選挙管理機関も機能しなくなった。

 前回の大統領選挙の際も不正があり、米政府に後押しされたマルテリが当選したことになって、就任した。アイチの事実上の「宗主国」である米国に同調する国際社会は、不正に目をつぶってでもマルテリの後継者ジュヴネル・モイスを政権に就けたがっているかに見える。

 マルテリは2月7日、新大統領に政権を引き渡すことになっている。その日はカルナヴァルの始まる日だ。極度の混迷に陥ったいま、さらなる決選延期どころか、最悪ならぬ最良の場合、大統領選挙やり直しもありうる事態となった。

 18日は、首都ポルトープランスで選挙の不正を糾弾する野党系市民数千人が抗議デモを繰り広げた。国内各地でも同様の動きが見られた。彼らは、任期切れ近いマルテリの退陣も求めている。
 

米国がキューバ側にラム酒「ハバナクルブ」の商標登録許可

 クーバのクバエクスポート社が、ラム酒の商標「ハバナクルブ」の米国での使用を認められた。1月27日から使用できる。同社は経済封鎖のため米国内でラム酒を売ることはできず、仏ペルノーリカール社を通じて販売してきた。

 だがクーバ革命後、国外に去り、プエルト・リコに拠点を移したバカルディ社が「ハバナクルブ」の銘柄を使ってきた。クバエクスポート社は2006年に米国で商標登録を拒否されたが、10年を経た今月12日再申請したところ、翌日登録が認められた。封鎖が緩和されれば、同社が直接米国内でラム酒を販売できることになる。

 ラウール・カストロ国家評議会議長は17日、ハバナで和平交渉中のコロンビア政府とFARCの代表各4人ずつを招き、会合した。3月23日の和平協定調印実現を目指し、双方に努力を求めたもよう。会合にはブルーノ・ロドリゲス玖外相、コロンビアのマリーア・オルギン外相(政府側の一員)も出席した。

 コロンビア政府は、FARCの強い要求を容れて、月内にFARC要員30人を赦免し釈放することにした。同30人は内戦中に起きた人道犯罪には関与しておらず、「武闘という政治的犯罪」で起訴され収監されていた。

 クーバ税関は17日、昨年国内で麻薬密輸46件を摘発した、と発表した。43件はハバナのホセ・アマルティ国際空港旅客ターミナルで、2件は同貨物ターミナルで、1件はマリエル開発特区(ZEDM)でだった。コカイン73kg、大麻30kgなど、計105kgが押収された。ラ米諸国の麻薬摘発件数・摘発量と比べると、極めて少ない。

 玖仏両政府は18日、ラウール議長が2月1~2両日、フランスを国賓公式訪問する、と発表した。昨年5月のオランド大統領の訪玖への答礼で、1日パリで首脳会談がある。

2016年1月18日月曜日

ニカラグアでの米企業実態描くスウェーデン映画「バナナの逆襲」観る

 中米に連なる小さなバナナ生産国は「バナナ共和国」と呼ばれ、蔑まれてきた。かつてニカラグアもその一つだった。時は1979年のサンディニスタ革命前のアナスタシオ・ソモサ2世大統領独裁の末期。米果物野菜大手ドーンフード(旧スタンダードフルーツ)が、ニカラグアのバナナ農園で、不妊症を招く恐れのある農薬を散布し、米当局がその農薬使用に警告を発した後も同社はそれを使い続けた。

 スウェーデン人ジャーナリストで映画監督のフレドリック・ゲルテンは、同バナナ農場での農薬使用の凄じい実態を調査、被害者農民の代理人としてロサンジェルスの法廷に告訴した熱血のクーバ系弁護士フアン・ドミンゲスの動きを追う。ドミンゲスは企業相手の裁判で実績を重ねていた弁護士デュアン・ミラーと組み、企業実態を知らしめ賠償金獲得をも目指して闘い、一審で勝利する。

 ゲルデン監督は、上記の一部始終を描いた映画をロサンジェルス映画祭に出品したが、ドーン社の圧力で映画祭の枠外でしか上映されないことになる。やがて、監督は同社から訴えられる。しかしスウェーデンで監督と作品は支持され、有利な世論が拡がり、監督は勝訴する。

 敵と味方の弁護士の闘争、陪審員の態度、ニカラグア現地の表情、スェーデンでの支援の動きなどが絡み合い、観応えある白熱したドキュメンタリーとなっている。

 第1作「敏腕?弁護士ドミンゲス」(2009)、第2作「ゲルデン監督、訴えられる」(2011)は、いずれも87年分。事情をわかりやすくするため、第2作が先に上映される。

 ★2月17日から東京・渋谷文化村・ユーロスペースで公開される。配給は「きろくびと」。問い合わせ:03-3461-0211。

(サンディニスタ革命政権の80年代、新自由主義政権の90年代以降、2007年以降のサンディニスタ政権復活後、バナナ農園の労働実態はどう変化したのか。この「後日談」が何らかの形で示されていれば、もっとよかった。)
 
 

 
 
 

2016年1月17日日曜日

エクアドルのラファエル・コレア大統領が施政9周年迎える

 エクアドールのラファエル・コレア大統領(52)は1月15日、政権担当9周年を迎えた。翌16日、グアヤキル市サマネス公園に支持者2万人を集めて実施された記念集会で大統領は、改革政策「市民革命」が成し遂げた最大の成果はエクアドール人に誇りと自信を与えたことだ、と強調した。

 昨年12月3日、国会で公職選挙に関する改憲が承認され、2021年の大統領選挙から同一人物の連続再選が無制限となった。これまで新憲法制定を挟んで3選されてきたコレアは「連続2選されてきた者は3選出馬できない」という改憲条項により、17年の次回選挙には出馬できない。

 この国の経済は最大輸出品目である原油の国際価格が1バレル=25ドルに落ち、通貨米ドルが高くなり輸出も減って低迷、財政状態は苦しい。16年度歳出は296億ドルで、原油価格を同35ドルと見積もって編成されているが、歳入が66億ドル不足しており、歳出削減を余儀なくされる見通しだ。融資の頼みの綱・中国の経済減速が響いており、対中債務110億ドルも重くのしかかっている。

 政権党・パイース同盟(AP)は11月の党内選挙でコレアの後継候補を決める。コレアはこれまでに、リカルド・パティーニョ外相、レニーン・モレーノ元副大統領、ホルヘ・グラス副大統領、ホセ・セラーノ内相の名前を挙げてきた。

 久々に政権奪回の機会を迎える伝統的支配勢力からは今のとろ、銀行家出身のギジェルモ・ラッソ、元大統領の息子ダロ(アブダラー)・ブカラムの二人が名乗りを上げている。

 コレアの支持基盤だった若者、女性、先住民、労働者らは次々に離反、その一部は保守・右翼勢力と結びついている。政権党は11月までに支持層を固め直し、後継者を選び、来年の選挙に臨もうとしている。

 
  

コロンビアで゙「ゲリラ神父」カミーロ・トーレスの遺体捜索始まる

 コロンビアのJMサントス大統領は1月15日、ゲリラ民族解放軍(ELN)の戦闘員として1966年2月15日戦死したカミーロ・トーレスの遺体捜索を命じた。大統領は、ELNが今年初め要請したのを受け、内戦終結政策の一環として決定した。

 トーレスは裕福な家庭の出身で、カトリック神父になったが、「解放の神学」を支持、<革命の神学>に転じて65年ゲリラとなった。サンタンデル州サンビセンテデチュクリー市内の山中で陸軍巡視隊への待ち伏せ攻撃に参加し、兵士に射殺された。36歳だった。

 サントスは同市で遺体発掘作業開始を国防相に命じた。検察庁と法医学庁が作業を担当する。

 一方14日、首都ボゴタにある最高裁判所で1985年11月6日起きたゲリラ「4月19日運動」(M19)による襲撃占拠事件に巻き込まれ、突入した陸軍部隊によって殺害され遺体を隠された市民12人のうちの一人、マリーア・モンドルの遺骨が遺族に返還された。

 モンドルは当時45歳の判事補だった。事件は軍隊の突入により7日まで続いた戦闘の際、行方不明となった。後に遺骨が見つかり、DNA鑑定により身元が判明した。

 陸軍は、最高裁制圧作戦の目撃者の抹殺を謀った。この事件では軍の退役高官たちが起訴され、昨年12月にも元大佐と元少佐が禁錮40年の実刑判決を言い渡された。

 最高裁事件時の戦闘では、長官を含む判事11人をはじめ弁護士、職員、およびM19要員ら115人が死亡、多数の重軽傷者が出た。

 事件は当時の麻薬王パブロ・エスコバルが、麻薬事件の捜査記録や麻薬犯身柄引渡に関する書類を焼き尽くし、最高裁長官を殺害するため計画、M19に実行を請け負わせた。

 事件時の「失踪者」の身元確認と遺骨返還および責任者断罪も、内戦終結政策の一環だ。 


 

ベネズエラが60日間の「経済非常事態」を発動

 ベネズエラのニコラース・マドゥーロ大統領は1月15日、野党勢力が圧倒的多数を占める国会で施政報告演説をしたが、これに先立ち、60日間の「経済非常事態」を発動した。

 その内容は、物資供給を満たすため民間企業が保有する財を活用することや、通貨ボリーバル紙幣の国外持ち出し・国内持ち込みを制限すること、など。

 中央銀行によると、昨年1~9月の累積インフレは108・7%。その間、GDPは4・5%縮小した。

 マドゥーロ大統領は演説で、「経済非常事態に対応するため国内団結と建設的対話が必要」と前置きし、「石油利益中心の経済は破綻しつつあり末期的症状を示しており、他の経済形態に飛躍的に移行せねばならない」と強調。「通貨・物価騰貴のためのメカニズモを破棄し、通貨が残酷な資本主義に飲み込まれないようにしよう」と訴えた。

 大統領はまた、「ベネスエラは経済的暴風に見舞われている。二つの経済モデルが対立しているが、社会主義こそが唯一のモデルだ。民営化を招く新自由主義は駄目だ。民営化法を制定して私を倒せるだろうか? 断じてノーだ」と言い切った。

 チャベス前政権が発足した1999年2月から2014年まで、歳出の62%は社会投資だった、とも強調した。

 昨年8月から閉鎖が続いているコロンビア国境に関しては、「安全が確保されるまで国境再開はない。武装勢力がコロンビアから侵入しないような、ベネスエラに武装地下勢力が存在しないような国境にしよう。密輸、準軍部隊、麻薬との関わりを持たないよう、国境地帯の各当局は踏ん張っている」と指摘した。

 大統領は、「憲法のお陰で野党は国会で多数派を形成することができた。2015年は革命が新しい局面に置かれた年として記憶されよう」と前置きし、「平和醸成のため、あらゆる議題で対話しよう」と野党に呼び掛けた。

 野党は街頭暴力事件に加担し禁錮刑に処せられている右翼政治家らの恩赦を求めているが、大統領は「恩赦を云々する前に、<正義・真実・平和委員会>を設立しよう。殺人者免罪を考えてはならない」と釘を刺した。

 さらに、「分立する権力間の均衡を破ろうとしてはならない。生じた(行政と立法の間の)<ねじれ>に対応するのは難しいが、憲法を遵守し、公的権力を尊重し、反革命行為に陥ってはならない」と警告した。

 ヘンリー・ラモス国会議長は大統領報告演説を受けて演説、「あなた方は(チャベス派政権が)17年続いた今ようやく対話を求めた。現在の経済モデルは正されねばならない。誤りに耐え続ければ、誤りは一層深刻になる。あなたは極めて困難な状況を引き継いだと思う。野党は、あなた方が間違いを正し、誠実な対話を求めるのであれば、応じる用意がある」と述べた。

2016年1月16日土曜日

ブラジル大統領が国営石油民営化の可能性に触れる

 ブラジルのヂウマ・ルセフ大統領は1月15日、記者団の質問に応じて、国際原油価格がこのまま下落し続けるとしたら、国営石油会社ペトロブラスの資本化(民営化)を検討する可能性を排除しない、と述べた。

 ブラジル原油は今月初め、2004年以来初めて1バレル=35米ドルを切った。だが、これが20ドル台に落ちるとする予測もある。

 ペトロブラスは財政上の危機にあり、大統領は、価格下落が続いた場合に備えて、同社への財政支援も検討中、と明らかにした。

 同社の事業入札をめぐり国会議員らが建設業者から巨額の賄賂を受け取っていた事件が一昨年来、重大問題となっている。原油安と相俟って、ペトロブラスは深刻な危機に直面している。

3大陸人民連帯機構(OSPAAAL)が発足50周年迎える

 ハバナリブレホテルの「連帯の広間」で1966年1月3~15日、第1回アジア・アフリカ・アメリカラティーナ3大陸人民連帯会議(略称「トゥリコンティネンタル」)が開かれ、最終日に、同3大陸人民連帯機構(OSPAAAL=オスパアール)が結成されてから15日で50年が過ぎた。

 この会議には、発展途上82カ国の代表512人と招待者270人が参加、この種の国際会議として当時、史上最大規模となった。当時のフィデル・カストロ首相が会議議長を務め、「クーバ革命路線の優位性」を決議した。

 機関誌「トゥリコンティネンタル」は当時、最も進歩的・革命的かつ重要な国際刊行物だった。1967年4月16日発行の同誌特別号は、ボリビアで戦っていたチェ・ゲバラの論文「二つ、三つ、数多くのヴェトナムをつくること、これが合言葉だ」を載せた。

 機構は、3大陸代表各一人とクーバ代表の4人で構成される「国際執行書記局」が運営を主導。1998年には、国連経済社会理事会の諮問資格を持つ国際NGOとなった。
 
 ハバナにある機構本部のルールデス・セルバンテス事務局長は1月13日、「21世紀の今も植民地主義と呼ぶことのできる支配形態がある」と指摘。実例として、米植民地状態から抜け出せないでいるプエルト・リコ、イスラエルから虐げられているパレスティーナ、モロッコに占領されている西サハラ、英植民地マルビーナス(フォークランド)諸島を列挙した。

 ハバナでは会議開催と機構発足の半世紀を記念して、いろいろな行事が催されつつある。ラウール・カストロ国家評議会議長は15日、祝辞で「第三世界の進歩主義勢力の団結と連帯に恒久的に関与する機構」を讃えた。これをJRバラゲール共産党国際局長が代読した。同局長は機構に関与してきた功績により表彰された。

 党機関紙グランマは、「南からの統合を推進して半世紀」の見出しで機構を讃えた。 

 共産党は今週ハバナで中央委員会全体会議を二日間開き、4月16日始まる第7回党大会に提出される文書内容などについて討議した。党機関紙グランマが15日報じたところでは、「社会主義発展のためのクーバ経済社会モデルの概念化」が討議された。

 また経済構造上の問題の解決策として「2030年までの経済社会開発計画」が討議され、「国家展望、戦略基軸、戦略目的、戦略部門」についての報告内容が吟味された。

 2011年4月の第6回党大会で決まった「党・政府の経済社会指針」の実施状況も検証された。これにより、指針313項目のうち21%が実施され、77%が実施過程にあることがわかった。

 全体会議では、国際経済関係担当のリカルド・カブリーサス副首相がクーバの対外債務返済状況と政策について説明した。

 メヒコのイルデフォンソ・グアハルド経済相は14日、圧縮天然ガスの対玖輸出開始について検討を始めた、と明らかにした。昨年11月初めラウール議長がメヒコ公式訪問としてユカタン州都メリダを訪れた折、メヒコ石油会社(PEMEX)が同議長に輸出を持ちかけた。

 メヒコは天然ガスが不足しており、米国からの輸入で補っている。なのに輸出とはと新聞から批判されているが、一方には、このまま何もしなければ早晩クーバ家庭の台所の火力は米国産天然ガスに凌駕されることになる、との危機感がある。

 PEMEXは機能の一部が民営化され、民間投資も為されているが、投資家は新しい投資先の一つとしてクーバを考えているという。

 カマグエイ州では今月から、国内在住のクーバ人のため、旅行部門での通貨ペソ(CUP)の使用が認められている。クーバ人は観光地で施設などを利用する場合、ペソを米ドルと等価の兌換ペソ(CUC)に換えなければならず、不満が高まっていた。

 米商業会議所のトーマス・ドノウエ会頭は14日、ワシントンで2016年の世界経済について講演し、米玖国交再開以来、要人往来や商取引が増大、経済関係は拡大してゆくと展望した。対玖経済封鎖については、国(政府)が民間経済活動を規制するのに反対する立場から、封鎖解除への賛意を表した。

 コスタ・リカ(CR)で足止めを食らっていた約8000人のクーバ経済難民のうちの180人は第1陣として12日、空路CRを経ちエル・サルバドール(ES)首都サンサルバドールに着き、同市からバス4台に分乗してグアテマラを縦断、13日未明メヒコのタパチュラ国境を通過した。

 メヒコ当局は20日間有効の通過査証を与えたが、180人のうち手持ち資金に余裕のある12人は15日、空路テキサス州ラレードに到着、米政府の優遇法制「キューバ調整法」により入国を許された。他の難民も陸路で16日までにラレードに到着した。多くはマイアミなど親類縁者の待つフロリダ州に向かう。

 今月18~19日、アイチでカリブ諸国連盟(AEC)の外相会議が開かれる。クーバはアイチに代わって輪番制議長国となる。

 15日、革命第一世代のペドロ・、ミレー=プリエト(88)が死去した。1953年のモンカーダ陸軍兵営襲撃に参加し、ピノス島に収監された。恩赦されメヒコに亡命したがメヒコ警察に逮捕され、56年11月のグランマ号遠征には参加できなかった。

 その後、革命戦争に参加、59年の革命勝利後、革命軍相ラウールを副相として支えた。農相、工業相、共産党政治局員、国家評議会副議長などを歴任し、2009年引退した。改革に乗り気でない保守派と目されていた。

2016年1月15日金曜日

グアテマラ大統領ジミー・モラレスが就任

 グアテマラで1月14日、喜劇俳優だったジミー・モラレス=カブレラ(46)が大統領に就任した。任期は2020年1月までの4年間。副大統領ジャセフ・カブレラも就任した。

 モラレスは2011年、ミスコ市長選挙に、当時存続していた右翼政党ADN(国家開発行動)から出馬し、落選した。だが政界進出への意欲は衰えず、昨年9月6日の大統領選挙で「国民結集戦線」(FCN)から出馬、時流に乗って得票第1位となり、10月25日の決選で、元大統領夫人サンドラ・トーレス候補に圧勝して当選した。

 その時流とは、昨年9月初め大統領辞任に追い込まれたオットー・ペレス=モリーナ(退役将軍)をはじめ政府高官多数が関与した大規模な税関汚職事件の摘発で、反腐敗機運と伝統的政治家への不信が最大限に高まっていたこと。政治経験はないが人気は高い喜劇俳優は、右翼であっても、有権者の目に新鮮に映った。

 だが、税関汚職事件で摘発されなかったり排除されなかったりした利権勢力は、政治の素人だが右翼体質のモラレスににじり寄ってきた。内戦期に人道犯罪に深く関与した退役軍人たちの協会もその一つで、新しい政権党FCNの支持基盤となっている。

 今年1月に入ってから人道犯罪容疑で退役軍人18人が逮捕され、FCN結党者でモラレスの側近の国会議員一人にも逮捕命令が出された。これは米政府が、モラレスに政権を渡したアレハンドロ・マルドナード前暫定大統領に働きかけて打った新政権への強い警告措置を受け止められている。

 就任式は、首都グアテマラ市内の「ミゲル=アンヘル・アストゥリアス文化セントロ」にある国立劇場を臨時の国会として挙行された。市内では多数の市民による抗議デモが実施された。有権者による最初の「モラレス政治」への危惧表明だった。

 就任式にはエクアドール、エル・サルバドール、オンドゥーラス、コスタ・リカ、ドミニカ共和国の5カ国大統領、ベリーズ首相、米、ベネスエラ、ニカラグアの3カ国副大統領、クーバ副議長、スペイン前国王、パナマ大統領府相らが出席した。

 際立ったのは米副統領ジョセフ・バイデンで、モラレス新政権に反腐敗や麻薬取締りの公約を遵守するよう圧力をかける狙いからも出席したと解釈されている。

 モラレスは就任演説で、反腐敗闘争、飢餓一掃、教育拡充、組織犯罪・麻薬取締りなどの重点政策を打ち出した。危なっかしい新政権がついに船出、荒海に乗り出した。

 (モラレスは15日、国軍最高司令官就任に際し国軍司令部で演説、軍人に憲政の番人、平和部隊であれと呼び掛け、工兵隊としても道路8000kmの修復に従事するよう要請した。) 

2016年1月14日木曜日

ロンドンのエクアドル大使館内でJアサンジ氏尋問へ

 エクアドール(赤道国)のリカルド・パティーニョ外相は1月13日、ロンドンの同国大使館内でのスウェーデン当局による豪州人ジュリアン・アサンジ氏に対する尋問に赤政府は協力する、と明らかにした。

 アサンジは、米政府の外交文書をはじめ大量の機密文書を「ウィキリークス」で暴露、米当局から国際手配されている。2010年にスウェーデン滞在中、女性に対する2件の暴行事件の容疑者として告発されたが、同氏は12年、ロンドンの赤大使館に入り、後にコレア赤政権から政治亡命権を認められた。

 エクアドールとスウェーデンは昨年12月、赤大使館での尋問で合意した。大使館は赤法制下にあるため、尋問は赤法制に則って実施される。スウェーデン検察は検事総長をロンドンに派遣し尋問する予定だが、これをアサンジ本人が拒否した場合、代わって赤検察が尋問することになる。尋問の日程は未定。

 アサンジが2010年8月に犯したとされる「女性への性的暴行」事件は5年で時効になった可能性があると指摘されている。だがもう一つの「女性への暴行」事件は、スウェーデン当局が裁判手続きを取らなければ2020年に時効になるとされる。

 パティーニョ外相は、狭い大使館内に4年近く居住してきたアサンジ氏が「精神的障害」に苛まれていることにも触れた。

2016年1月13日水曜日

映画「エスコバル 楽園の掟」を観る

 コロンビアの麻薬王・故パブロ・エスコバル(1949~93)の非情で凄惨な生き方を縁者との関係で描いた映画「エスコバル 楽園の掟」(アンドレア・ディステファノ監督、仏ベルギー西パナマ合作、119分)の試写会が1月13日、東京・京橋で始まった。

 主演はプエルト・リコ出身のベニチオ・デルトロで、製作も兼ねている。中背で太っていた本物と比べると細身で長身だが、雰囲気は出ている。さすがデルトロだ。

 事実と虚構を混ぜたドキュドラマで、物語は1982年の国会議員選挙から91年に自首するまでの時代を背景として展開されている。エスコバルはこの選挙で、出身州アンティオキアから下院議員補欠として出馬し当選したが、後に犯罪歴を暴かれ補欠資格を剥奪された。

 牙を剥いた麻薬王は私兵団を使って激しい殺戮、爆弾テロを展開する。しかし映画では、むごたらしい場面は最小限に留めてあり、質を落とさずに済んでいる。

 私(ブログ子)は、エスコバル全盛期に繰り広げられた「麻薬戦争」やコロンビア情勢を現地で取材した経験があるが、今回、報道や映画館資料用に、エスコバルという人物の解説を依頼された。

 デルトロが以前チェ・ゲバラを演じた上下2本物の作品が上映された際も、解説を書いた。デルトロには縁があるようだ。
 
 「エスコバル 楽園の掟」は、3月12日(土)から、東京の「シネマサンシャイン池袋」などで封切られ、全国を順次回る。配給・宣伝は、トランスフォーマー社。www.movie-escobar.com

 


 

 

2016年1月12日火曜日

カール・サンドバーグの『シカゴ詩集』を読む

 米国の詩人カール・サンドバーグ(1878~1967)の『シカゴ詩集』(1916)を読んだ。原稿執筆のための資料としてでなく、楽しむための年頭読書用に買い込んであった中から選んだ本である。安藤一郎訳、岩波文庫、560円。

「シカゴ」
 世界のための豚と殺者、
 機具製作者、小麦の積み上げ手、
 鉄道の賭博師、全国の貨物取扱い人。
 がみがみ怒鳴る、ガラガラ声の、喧嘩早い
 でっかい肩の都市。

 この最初の詩を読んでピンと来た。案の定、移民、労働者、女工、黒人、波止場、文明批判、戦争、アステカ民族、ジャック・ロンドン、オマール・ハイヤーム、ジプシーなどが次々に出てきた。欧州からの移民労働者にはイタリア人が盛んに登場する。ナポリ民謡の「遥かなるサンタルチーア」や「カタリ」を思い出した。

 「二人の隣人」は、「二つの不滅の顔がいつもおれを見ている。一人はオマール・ハイヤームと例の紅い飲みものさ、」で始まる。サンドバーグも、あの『ルバイヤート』を愛したのだ。

 著者がプロレタリア詩人だったころの詩集だが、ジャーナリストでもあった著者は、おそらくジョージ・オーウェルの著作も読んでいたのではなかったか。

 リンカーン伝6巻の大作も物にしている。1898年の「米西戦争」時、歩兵部隊の一員として、スペイン植民地だったプエルト・リコに出兵、8ヶ月間駐屯した経験の持ち主だ。

 この戦争は、スペイン軍を相手に独立戦争を長らく戦っていたクーバ独立軍が間近に見据えていた勝利を米国がかっさらった不正な帝国主義戦争だった。ヘンリー・ソローは、同じく不正な戦争だった「米墨戦争」を批判し、払税を拒否した。サンドバーグがソローを読んでいたのは想像に難くない。

 この詩集は第一次世界大戦のさなかに世に出た。この大戦が「米西戦争」と二重写しになって著者の脳裡を駆け巡っていたのは疑いない。

 「人夫たち」は、次のように締めくくられている。

「それを眺めている二十人の中の十人はつぶやく、<おお、なんという酷い仕事だ> あとの十人は言う、<どうか、おれにも仕事があるように>と。」 
 
 
 

ベネズエラ最高裁が国会決定を「無効」と判断

 ベネスエラ最高裁は1月11日、同裁・選挙法廷が12月末、選挙時の不正を理由に当選資格停止を命じた野党連合MUDの国会議員候補3人をMUD所属の議長ヘンリー・ラモスが6日宣誓させたことについて、国会は「官憲侮辱罪」に該当するとし、3人の宣誓および、この宣誓の後に国会が決定した事項のすべてを無効と判断した。

 マドゥーロ政権を支える政権党連合GPPは、6日の宣誓を受けて最高裁に無効化を求めて訴えていた。だが国会のラモス執行部は11日、最高裁命令を「司法的でなく政治的判断だ」と非難し、従わないと表明した。

 これについて司法専門家は、このまま事態が進めば、国会は「非合憲・非合法」の判断を下され、行政や司法から相手にされなくなる可能性がある、と指摘している。

 政権党PSUV所属のディオスダード・カベージョ前国会議長は、MUDが態度を改めない場合、ニコラース・マドゥーロ大統領は12日に国会提出を予定している経済緊急政策に関する政令を提出しなくなる、と述べた。

 MUDは国軍の政治的介入を期待している節があるが、国軍はマドゥーロ政権への忠誠を新たにしたばかりだ。政府と国会に権力のねじれが生じたベネスエラの政情は予想通り、新国会開会と同時に混迷状態に陥っている。

 ☆ヘンリー・ラモス国会議長は12日、6日宣誓したMUD議員3人が辞表を提出した、と発表した。政府(行政)および最高裁(司法)の「国会違憲」判断を受けて、同議長は譲歩した。

ペルー大統領選挙出馬締め切り、有力候補はケイコら5人

 4月10日実施のペルー大統領選挙の立候補受け付けが1月11日終了した。国家選挙審議会(JNE、選管)は審議した後、公示するが、主要候補5人を含め19人が登録した。

 主要候補の中で支持率一番手(33%)は、「人民勢力」(FP)党首で前国会議員のケイコ・フジモリ(40)。父親アルベルト・フジモリ大統領の政権期に、離婚した母親に代わって大統領夫人役をこなした。日本語では「藤森恵子」。

 二番手(16%)は、「変革のためのペルー人」(PPK)を率いる経済学者ペドロ=パブロ・クチンスキ(PPK)で、77歳の最年長。「カンビオ(変革)」の頭文字Cを名字の頭文字Kにして、政党名と氏名の略称を同じにした。トレード政権で首相、経済・財務相などを歴任した。

 三番手(13%)は、「進歩のための同盟」(ALPRO)のセサル・アクーニャ(63)。実業家で、前州知事。PPKに迫る勢いを見せている。

 次いで支持率8%のアラン・ガルシア前大統領(66)。ペルーAPRA党(PAP)の指導者だが、劣勢挽回のため、かつての政敵ルールデス・フローレス(キリスト教人民党)と「人民同盟」(AP)を組んでいる。1980年代後半の第1期政権は「未熟な左翼大統領」で経済を破綻させながら、自身は汚職にまみれた。2期目(前政権)は一転して新自由主義路線を突っ走り「南米保守の指導者」の一人となったが、またも汚職にまみれた。

 支持率5%で続くのは、元大統領アレハンドロ・トレード(69)。やはり汚職にまみれた。

 このほか、ダニエル・ウレスティ、ベロニカ・メンドサ(拡大戦線)など十数人が登録した。ウレスティは、オヤンタ・ウマーラ現大統領の政権党・ペルー民族主義者党(PNP)候補で元内相。ウマーラ大統領の不人気もあって、支持率は2%。

 第1回投票で過半数得票者が出ず、上位2候補が6月5日の決選に臨む公算が大きい。国会議員130人、アンデス議会議員5人の選挙も同時に実施される。

 ケイコ候補は、経済成長促進、犯罪一掃、不正規労働部門従事者の生活向上などを盛り込んだ選挙綱領「ペルー計画」を掲げている。

 出馬登録締め切りで選挙戦は公然化したが、候補者同士の攻撃合戦が激化している。特に人気の高いケイコが「独裁者だった父親」と関連付けられて攻撃されている。ケイコ陣営は、禁錮刑に服している父親からケイコを切り離す戦術に出ている。

 選管とリマ弁護士協会(CAL)は2月11~12日、国立図書館図書館講堂で候補者討論会を共催する予定。

2016年1月11日月曜日

米政府がキューバ人医師亡命促進制度打ち切りを検討

 米政府が、在外勤務中のクーバ人医師らに米国亡命を促す政策を打ち切る検討に入った。Gブッシュ前政権は2006年、国務省を通じて「キューバ人医療専門家臨時入国許可制度」(CMPP)を始めた。

 クーバ政府が平和外交の柱として誇る「国際主義医療派遣団」を弱体化させる狙いで、これまで医師、看護師、医療技術者ら計7117人が同制度の下で米国に去った。2015年には1663人に達した。

 昨年7月の玖米国交再開後、関係改善が進んでおり、米政府はクーバ側からの強い批判と要望を受けて制度を廃止する方針を固めた。国務省筋が最近明らかにした。

 世界各地からの訪玖外交は隆盛を極めつつあり、今月3日には米ヴァージニア州のテリー・マコリフ知事が来訪、ロドリーゴ・マルミエルカ貿易外資相らと会談した。7日にはジーグマル・ガブリエル独副外相兼経済エネルギー相が、ミゲル・ディアスカネル第1副議長と会談した。

 また4~8日、欧州議会のジョヴァンニ・ピテーラ議員ら「社会主義・民主主義ブロック」議員団が来訪、ブルーノ・ロドリゲス外相、マルミエルカ貿易外資相、JRバラゲール共産党国際局長らと会談した。ピテーラ団長は、米国による対玖経済封鎖が第三国に科している罰金制度の廃止を欧州議会に提案する、と述べた。

 一方、クーバのラ米・カリブ諸国を主対象とする国際文化交流機関「アメリカス館」(カサ・デ・ラス・アメリカス)は8日、ホセ・ムヒーカ前ウルグアイ大統領が26日、同館主催の第57回文学賞授章式で講演すると明らかにした。  

2016年1月9日土曜日

逃走していたメキシコ麻薬王ホアキン・グスマンを逮捕

 メヒコのエンリケ・ペニャ=ニエト(EPN)大統領は1月8日、逃走していた麻薬マフィア首領ホアキン・グスマン(58)を同日逮捕した、と発表した。「エル・チャポ」(背の低い男)の渾名を持つグスマンは昨年7月11日、メヒコ州のアルティプラーノ刑務所の独房の便所から外部に通じる1・5kmのトンネルを抜け脱走した。

 折からフランス訪問中だったEPNは大恥をかかされ、腐敗疑惑や未解決の学生43人強制失踪事件などと相俟って、内外で威信が著しく低下した。

 この日、グスマンの地元シナロア州ロス・モチスの民家で海軍特殊部隊と麻薬一味の間で銃撃戦があり、5人死亡、6人逮捕、2人が逃走した。2人は下水道を通って逃げ、地表に出て車で郊外のモーテルに入った。

 治安部隊は一帯を捜索していたが、そのモーテルで2人を逮捕、うち一人がグスマンだった。アレリー・ゴメス検事総長が明らかにしたところでは、当局は諜報活動を基に、その民家を見張っていた、という。

 グスマンは自伝映画の制作を希望し、脱走前から刑務所内で、映画製作にも従事しているメヒコ人女優ケイト・デルカスティ-ジョと面会していた。メヒコでは、麻薬成り金らが自伝映画を作るのは珍しいことではない。だが、この虚栄が諜報機関に察知され、再逮捕のきっかけとなった。

 グスマンとケイトの接触を嗅ぎつけた米俳優ショーン・ペンは、ロック誌「ローリングストーン」向けにグスマンへのインタビューを希望。昨年10月2日ドゥランゴ州内の農場でケイトともにグスマンに会った。ケイトを追い続けていた当局は、ドゥランゴ州内のグスマンの居場所を突き止め、泳がせていた、という。

 グスマンは1993年グアテマラで逮捕され、メヒコに身柄を送還されたが、2001年ハリスコ州内の刑務所を脱走した。14年2月シナロア州マサトゥラン市で逮捕、メヒコ州の刑務所に収監された。

 メヒコ市中心街にある外務省では、在外駐在の大使、総領事らを集めての公館長会議が開催されており、治安責任者のMAオソリオ内相が発言中だった。そこに大統領からのグスマン逮捕の伝文が届き、内相は会議を中断して読み上げた。オソリオは政権党PRIの次期大統領予想候補の一人だが、グスマン脱走で責任を問われていた。

 会議場は歓喜に包まれ、内相、Cルイス=マシュー外相、VFソベロン海軍相らは抱擁を交わし、祝福し合った。次いで大使らを含め、全員が起立してメヒコ国家を合唱した。閣僚や外交官らが、グスマン脱走後いかに肩身の狭い思いをしていたかを象徴するような光景だった。

 グスマンは半年前に脱走したメヒコ州内の刑務所に戻された。米法務省は、以前からグスマンの身柄引渡しを求めていたが、あらためて引渡しを要請するつもりだ、と表明した。[メヒコ政府は9日、グスマンの身柄を米国に引き渡す手続きに入った。] 

収賄容疑のブラジル下院議長がスイス銀行に500万ドル預金

 ブラジル最高裁は1月8日、検察庁の求めを認め、エドゥアルド・クーニャ国会下院議長の在外銀行口座の預金残高の公開を許可した。スイス検察の協力で判明したところでは、スイス銀行にあるクーニャおよび家族らの名義の4つの口座に少なくとも500万ドルの預金があった。

 これは2004~14年にかけて、クーニャが建設業者から受け取った賄賂と見なされている。建設業界は、国営石油会社ペトロブラスの発注する事業を獲得するため、クーニャら有力議員たち巨額の賄賂を贈っていた。

 検察は、クーニャが収入をはるかに超えた支出をしていた事実を突き止め、不正蓄財の基となった収賄の事実を捜査していた。クーニャは昨年、在外銀行口座の存在を否定したが、これをスイス当局が嘘と暴いた。このため下院もクーニャの収賄について調査してきた。検察は、クーニャの議長更迭を要求、クーニャは2月に最高裁に出廷するよう求められている。

 クーニャは、ヂウマ・ルセフ大統領の政党・労働者党(PT)が連立している最大の政党・ブラジル民主運動党(PMDB)に所属する。だが昨年、ルセフ弾劾の手続き開始に踏み切り、反大統領の立場を明確にした。これには、自身への収賄追及を逃れる狙いがあったと見られている。
 

2016年1月8日金曜日

ハイチ大統領選挙決選は1月24日実施へ

 アイチのミシェル・マルテリ大統領は1月6日、大統領選挙決選投票を24日実施する、と発表した。当初、昨年12月27日実施される予定だったが、野党側が10月25日の第1回投票で政権党候補陣営が大規模な不正を行なったとしてボイコット、政府は決選を無期限延期としていた。

 政治日程はマルテリの任期が切れる2月7日に新政権が発足することになっており、マルテリの後ろ盾である米政府は混乱が長引くのを懸念、国務省ラ米担当顧問トーマス・シャノンをポルトープランスに派遣し、決選の月内実施を働き掛けていた。

 誰もが不正があったことを疑わない第1回投票では、政権党「テトカレ・アイチ党」(PHTK)のジョヴネル・モイスが得票率32・76%、野党「アイチ進歩・解放のための代替連盟」(LAPEH)のジュディ・セレスタンが同25・99%で、この2候補が決選に進出すると発表された。だが不正を糾弾するセレスタン候補および他の反政府諸野党は、決選ボイコットを表明した。

 これに対し、アイチに多大な利権を持つ米仏加3国と伯西両国の大使および、欧州連合(EU)と米州諸国機構(OEA)の代表で構成される「中核グループ」は、アイチ政府と両候補らに決選日程決定と決選参加を促した。

 前回大統領選挙でも大規模な不正があり、決選で勝ったとされたマルテリが政権に就いた。背後で米国の意思が強く働いていた。

 24日には、同時に国会議員選挙の決選投票も実施される。焦点は、セレスタン候補が2週間余りの選挙戦を全うに戦う意志があるか否か、その安全が保障されるか、また白けきっている選挙民がどれだけ投票所に行くか、である。

ベネズエラ政権党が国会決定無効化求め最高裁に提訴

 ベネスエラの政権党連合「大愛国軸」(GPP)は1月7日、国会で6日多数派の野党連合「民主連合会議」(MUD)が、当選資格を差し止めた最高裁の決定に反してMUD派3人を議員として宣誓させたのを受けて、最高裁に同3人の宣誓無効と、この宣誓を官報に記載しないよう求めて提訴した。

 MUDは国会定数167議席のうち109を占めており、3人を加えると112議席となり、定数の3分の2の絶対多数に達する。これに対し、国会で「ブロケ・パトゥリア」(祖国ブロック)を組むGPPは54議席で、1人は最高裁から当選資格を差し止められている。

 MUD派3人の宣誓を強行したのは5日就任したヘンリー・ラモス議長(民主行動党=AD=書記長)だが、カラカス市内にあるAD党本部に7日、爆発物が投げ込まれた。催涙弾のような物だったが、爆発しなかった。

 議長はまた、国会から解放者シモン・ボリーバルの肖像画と故ウーゴ・チャベス前大統領の写真を撤去したが、ブラディミロ・パドゥリーノ国防相は7日、チャベス廟のあるカラカス市内の旧モンターニャ兵営で国軍部隊を前に、ボリーバルとチャベスの肖像撤去は著しい冒涜であり、怒りを覚えると、ラモス議長の一方的決定を批判した。

 さらにニコラース・マドゥーロ大統領への「絶対的忠誠と無制限の支援」を表明した。その場には、大統領と閣僚らも出席していた。
政府と国会にねじれが生じて3日目、政府とMUDの対立は急激に先鋭化している。

ベネズエラで副大統領や閣僚の人事決まる

 ベネスエラのニコラース・マドゥーロ大統領は1月6日、新しい4省を新設し、執権副大統領、および閣僚を大幅にすげ替えた。大統領不在の場合、その権限を代行する執権副大統領には、アンソアテギ州知事アリストーブロ・イズトゥーリスを任命した。

 従来の執権副大統領ホルヘ・アレアサ(故ウーゴチャベス前大統領の女婿)は、社会政策担当副大統領(非執権)となり、大学教育・科学技術相を兼務する。

 最も意外だったのは、工業・商業相に、工業会議所会頭のミゲル・ペレス=アバドが任命されたこと。政府と財界の歩み寄りを窺わせると分析されており、財界から「嬉しい驚き」と歓迎されている。

 新設されたのは、生産経済省、農業生産・土地省、漁業・農業省、都市農業省。生産経済相には、ベネスエラ・ボリバリアーナ大学(UBV)経済学教授のルイス・サラスが起用された。経済担当副大統領を兼務する。サラスは、「財界から経済戦争を仕掛けられている」とのマドゥーロの主張を支持してきた。

 公共銀行・財務相にロドルフォ・メディーナ、食糧相にロドルフォ・トーレス(将軍)、通商・国際投資相にヘスース・ファリーアが、それぞれ任命された。

 文化相には、若者に人気のある作家で音楽家のフレディー・ニャニェスが任命された。

 デルシー・ロドリゲス外相、エウロヒオ・デルピノ石油相兼国営石油(PDVSA)社長のほか、国防相、内務・法務相らは留任した。

 一方、5日開会した新国会は6日、最高裁判所が議員当選認定を取り消した多数派野党連合MUD所属の3人を議員として宣誓させた。これを受けて政権党連合GPPは国会を違憲・違法と糾弾、最高裁に提訴することを決めた。

 国会は追い打ちをかけるように、最高裁判事34人の任命見直しを図る法案を採択した。さらに本会議場や委員会議場への報道陣の立ち入りを自由化した。



グアテマラで人道犯罪関与の元軍人18人逮捕さる

 グアテマラ検察庁は1月6日、軍政期などに殺戮など人道犯罪に関与した疑いで元軍人18人を逮捕した。その中には、軍政首班(非合憲大統領)を1978~82年務めた故フェルナンド・ルカス=ガルシアの実弟マヌエル・ルカス=ガルシアが含まれている。最高齢者は80歳で、あとは60~70代。

 18人中、ルカス=ガルシアら14人は1981~88年にアルタベラパス県コバーンの陸軍第21軍区に連行された先住民558人の虐殺に関与した疑いがもたれている。この軍区の「平和維持作戦訓練地域指揮所」(CREOMPAZ)は、殺害部隊を指揮していた。

 グアテマラ法人類学財団(FAFG)は、2012年以降、軍区一帯の4カ所を発掘、うち4カ所から遺骨が発見された。すべての頭蓋骨などに射殺ないし斬殺された痕跡があった。

 この大量殺戮事件の捜査は、1982年7月18日に陸軍がマヤ民族アチー人256人を殺害した際、関与した元準軍部隊要員5人に2012年3月、合計7710年の禁錮刑が言い渡された時点から本格化した。この256人殺害作戦は「サンチェス計画」と名付けられていた。

 256人を含む558人の遺骨のうちDNA鑑定で身元が判明したのは97柱だけ。また、犠牲者はほぼ全員が非戦闘員で、うち90人は未成年だった。成人には多くの女性や老人も含まれていた。

 元軍人18人のうち残る4人は、1981年1月6日グアテマラ市で起きた女性拉致拷問強姦事件の実行者である疑いで逮捕された。同4人は、エンマ・モリーナという女性を9日間いたぶり、その弟MAモリーナを強制失踪させた疑いがある。

 検察はさらに、今月14日就任するジミー・モラレス新大統領の主要な顧問であるエドガル・オバージェの不逮捕特権剥奪を国会に要請した。オバージェも人道犯罪に関与した疑いがある。

 14日から政権党となるモラレスの政党「国民結集戦線」(FCN)には国会議員11人がいるが、オバージェはその一人。新政権の行方には、発足直前から暗雲が立ち込めた。逮捕された元軍人たちは退役軍人協会に所属しており、同協会はFCNの支持団体。この点もモラレスにとり極めて好ましくない。

 人道犯罪犠牲者の遺族を支援する「相互支援団」(GAM)のマリオ・ポランコ代表は、「元軍人たちの逮捕は歴史的だ。彼らは一時期、グアテマラ人の生命とグアテマラの所有者を自認していた」と語った。

2016年1月7日木曜日

アルゼンチン右翼政権が国家公務員1万人解雇

 アルヘンティーナのマクリ右翼政権が、ペロン派左翼のフェルナンデス前政権の「残滓」を荒っぽく破壊している。これまでに、前政権が雇用した国家公務員約1万人を解雇した。

 1月6日には保健相ホルヘ・レムスが、医師が行きたがらない亜国の僻地で医療業務に当たってきた医師380人の医師資格を剥奪した、と報じられた。この380人は、2007年の亜玖協定に基づきクーバで医学を学び、医師免許を取得していた。保健相は「亜国には十分な数の医師がいる」と述べたと伝えられたが、積極的に僻地医療に携わる者は極めて少ない。

 だが保健省は報道を受けて同日、そのような通達は出していないと否定した。なぜ「医師免許剥奪」の情報が報じられたのか、原因は明らかにされていない。

 12月10日就任したばかりの大統領Mマクリは同月下旬、軍政時代に拉致、拷問、殺害などの人道罪に関与し収監されていた元軍人、刑務所所長ら10人を行政措置で釈放した。悪しき無処罰の伝統が甦りつつある、と内外から厳しく批判されている。

 政府は、マスメディアの一社集中を禁じた法制度を潰し、その管理機関に介入したり、他の機関からペロン派職員を大量解雇したりするなど、容赦なく大鉈を振るっている。

 外交面では米政府と歩調を合わせるかのように、マドゥーロ・ベネスエラ政権への内政干渉を繰り返している。

 政権発足後3カ月と言われる「蜜月期間」に前政権の「遺物」を一掃するという衝撃療法を採っているわけだ。ペロン派をはじめとする反政府派は野に下る転換期で、全国的な反撃態勢はまだ整っていない。

 だが知識人らの間で少しずつ政府批判の論調が現れつつある。

海岸領土問題解決目的ならチリと国交再開、とボリビア外相発言

 ボリビアのダビー・チョケウアンカ外相は1月5日ラパスで記者会見し、チレがボリビアの太平洋岸領土回復問題という19世紀以来の歴史的懸案をはじめとする両国間の諸問題を解決する目的を持つならば、チレと国交を再開する用意がある、と述べた。

 これは、チレ政府のガブリエル・ガスパル地域問題担当大使が4日、ボリビア東部のサンタクルースデラシエラ市を訪問し、同市のエル・デベール紙に「チレは今ここで無条件にボリビアと国交を再開する用意がある」と述べたことに対する発言。同大使は5日ラパス入りした。チレ総領事館で総領事らと打ち合わせてから、ボリビア政府との話し合いに入る見通し。

 チョケウアンカ外相は、エボ・モラレス大統領はボリビアが内陸国である問題に恒久的に終止符を打つための最終的解決をチレが望むならば国交回復に応じると繰り返し表明してきた、と指摘した。

 モラレスは昨年7月チレに対し、ローマ法王フランシスコを仲介者として5年以内に「海への出口」問題を解決することを条件に国交再開を提案した。これに対しチレ政府は、「無条件ならば復交する用意がある」と応じた。

 その後9月24日、ハーグの国際司法裁判所は同問題に関するボリビアの2013年の提訴を認め、この問題について同裁判所は審理することが可能だ、との判断を下した。

 両国は海岸領土問題をめぐって対立、ともに軍政下にあった1970年代末に断交した。チレは1879年に仕掛けた「太平洋戦争」でボリビア・ペルー連合軍を破り、ボリビアの太平洋岸領土(現チレ・アントファガスタ州)および、ペルー南部領土を奪った。

2016年1月6日水曜日

ベネズエラ新国会議長が「半年内に政権交代」と言明

 ベネスエラ新国会が1月5日開会し、野党連合MUD(民主連合会議)の長老議員ヘンリー・ラモス=アルップ(72、民主行動党書記長)を議長に選出した。第1、第2副議長ともにMUDから選ばれた。議員任期は2021年までの5年間。

 新議長は就任演説で過去17年間のチャベス派政権の施政を厳しく批判。今後、行政機構、中央選管、司法機関などの会計や人事の実態を調査し追及してゆく、と強調した。

 また、2014年前半、カラカス市内などで反政府街頭暴力運動を煽動したり決行したりして禁錮刑を受けている極右政治家らMUD派受刑囚(約80人)を釈放するために「恩赦法を制定する」と述べた。

 さらに、「向こう半年以内に(ニコラース・マドゥーロ)大統領を退陣させ政権交代を実現するため、憲政の枠内で手段を講じる」と言明した。

 ラモスは就任に先立ち、退任する議長ディオスダード・カベージョ政権党議員に歩み寄り、握手を求め、「大統領が10日国会で施政報告・方針演説をする際、大統領を丁重に迎える」と伝えた。カベージョの隣には、シリア・フローレス議員(大統領夫人)もいた。

 だがラモスの就任演説の前に、政権党連合「大愛国軸」(GPP)議員54人全員が議場を離れた。新議長がMUD議員団長フリオ・ ボルヘスに議会規則に反して発言を許したのを理由とした。

 この日、MUD109人、GPP54人の議員が出席した。最高裁が当選認定を退けたMUD3、GPP1の計4人は出席しなかった。傍聴席には、MUDが招いたメヒコ国会上院議長ロベルト・ヒル、コロンビア元大統領アンデレス・パストラーナらが居た。

 国会の各委員会議長はじめ主要な役職はすべてMUDが握った。議場からは、解放者シモン・ボリーバルと、前大統領ウーゴ・チャベスの肖像画が取り外された。

 国会の外ではGPPとMUDの支持者たちがそれぞれ結集、対峙しつつ気勢を上げた。

  一方、スリア州ミランダ市では5日、政権党PSUV所属のアルフレド・エスカンデラ議員がオートバイに乗った2人組の殺し屋に銃弾20発を浴びせられ即死した。  
   

2016年1月5日火曜日

「ねじれ国会」開会前にベネズエラ緊張

 ベネスエラでは1月5日の新国会開会を前に緊張が高まっている。チャベス主義政権17年間に実施された国会議員選挙で野党勢力が12月6日初めて勝利し、167議席中、112議席を確保し、政権との間に「ねじれ」を生じさせたからだ。

 その後、最高裁判断で3議員の当選が認定されず、公式な野党連合MUDの議席は109議席となった。だがMUDは最高裁判断を受け入れておらず、国会開会時に3人の処遇問題でまずもめるだろう。

 ニコラース・マドゥーロ大統領は4日演説し、開会時の安全確保に万全を期すよう内務相に命じた。米政府は、MUD3議員の当選資格問題について声明で干渉したが、マドゥーロ大統領は「米国はベネスエラの統治者であると勘違いしているようだが、帝国主義による内政干渉を断固はねつける」と、米政府を糾弾した。

 大統領はまた、MUD幹部が3議員問題に国軍が干渉するよう暗に求めたのに対し、「国軍は憲政判断者でも憲政制度否定者でもなく、ましてやクーデター決行者でもない」と述べ、国防相に軍部にあらためてその旨を訓示するよう命じた。

 さらにマドゥーロは、MUDは国営企業の民営化を企図しているようだが、人民資産の私有財産化を断固阻止する、と強調した。

 国会開会に合わせて、政権党とMUDはカラカス市内の国会に近い大通りや広場でそれぞれ大集会を予定している。

2016年1月4日月曜日

オバマ米大統領が3月キューバ、コロンビアなど訪問か

 バラク・オバーマ米大統領は3月23日に予想されるコロンビア和平協定調印式典出席を兼ねて、コロンビアを訪問する見込みだ。1月2日、米外交筋が明らかにした。

 これに先立ちオバーマは2月4日ワシントンで、「コロンビア計画」実施15周年記念式典を催すが、これにコロンビアのJMサントス大統領を招待している。同計画により米国は、内戦を戦うコロンビア政府軍に本格的肩入れを開始した。

 オバーマはまた、コロンビア訪問と前後してクーバ、亜国を訪問、ブラジルを訪れる可能性もあるとされる。クーバとは昨年7月、54年半ぶりに国交を再開した。またコロンビア内戦終結交渉はハバナで行われてきた。

 亜国では12月、保守・右翼のMマクリ大統領が就任、米亜関係は一気に好転した。ブラジルのヂウマ・ルセフ大統領は訪米しており、オバーマは答礼訪問する立場にある。

 オバーマは5月G7首脳会議で日本を、7月NATO首脳会議でポーランドを、9月G20首脳会議で中国を、11月APEC首脳会議でペルーを、それぞれ訪問する予定。 

ベネズエラ次期国会議長が事実上決まる

 ベネスエラ野党連合MUD(民主連合会議)は1月3日、次期国会議長候補を選ぶ党内選挙を実施、民主行動党(AD)書記長ヘンリー・ラモス=アルップ(72)が62票を獲得し当選した。ADは20世紀後半、CAペレスら大統領を最も多く輩出させた伝統政党だが、1998年の大統領選挙で故ウーゴ・チャベス前大統領が初当選して以来、小政党に成り下がってきた。

 対立候補はMUD内極右「まず正義を」(PJ)党のフリオ・ボルヘスで49票を得た。MUD内の憲政派(穏健派)に属するラモスが議長候補になったことで、まずは無難な門出となった。

 昨年12月6日の国会議員選挙でMUDは定数167議席のうち3分の2の112議席を獲得。ベネスエラ統一社会党(PSUV)を柱とする政権党連合は55議席で、惨敗した。

 だが最高裁・選挙法廷は12月30日、政権党側の「異議」を認め、MUD当選者3人と政権党1人の4人の当選認定を不可とした。MUDの3日の議長候補選出には、同3人を含む112人のうち、事故で不参加の1人を除く111人が参加した。

 新国会は5日開会し、PSUVのディオスダード・カベージョ議長に代わって、ラモスが新議長に選ばれることになる。議席は最高裁判断を受けて、MUD109、政権党連合54になるもようだが、MUDは「3人失格」を受け入れていない。このため国会は初日から荒れるだろう。

 マドゥーロ政権と国会に権力のねじれが生じるわけで、ベネスエラ政治・政局は混迷を深めていくはずだ。両派は共に5日カラカスで大動員をかけ、それぞれ勢力を誇示し合うことにしている。

ペシヨン・ハイチ大統領とSボリーバルの会談から200年

 南米北部の解放者シモン・ボリーバル(1783~1830)がハイチ(アイチ)でアレクサンデ・ペシヨン同国大統領に1816年1月2日初めて会い会談してから2日で200年が過ぎた。

 この日、ベネスエラのニコラース・マドゥーロ大統領は外務省を通じてメンサヘ(メッセージ)を発表した。次のような趣旨。

 戦に敗れ部隊も資金も無くハイチに辿り着いたボリーバルは、立ち直り、決意を新たにした。ペシヨン大統領は、ボリーバルの独立戦争に思想的影響力を与えた。ベネスエラはラ米・カリブ最初の独立国ハイチに歴史的債務を負っている。ハイチの支援に感謝する。

 ハイチは世界最初のアフリカ系黒人の独立国で、ボリーバルらを通じて南米北部の独立に貢献した。「ボリバリアーナ(ボリーバル主義)革命」を掲げた故ウーゴ・チャベス大統領と後継のマドゥーロ大統領は、そのような歴史的事実を最大限に評価してきた。

 ハイチ出身のマクシモ・ゴメス将軍も、19世紀後半のクーバ独立戦争で独立軍指導者の一人として戦い、貢献した。

2016年1月3日日曜日

メキシコで元日就任した女性市長が殺害さる

 メヒコ・モレロス州テミスコ市の女性市長が1月2日、暗殺された。元日に就任したばかりだった。殺されたのはヒセラ・モタ=オカンポ市長(33)で、民主革命党(PRD)所属ながら、同党から分派した国民刷新運動(MORENA)に近かった。

 市長は自宅を急襲され、他の2人と共に殺害された。警察が逃亡していた犯人一味の車を遮断、銃撃戦で2人を射殺、他の3人を逮捕した。

 事件の背景には、PRD所属のグラコ・ラミーレス州知事と、州都クエルナバカのクアウテモク・ブランコ市長との確執がある。連邦政府は市警を州警の下で一本化する政策を進めており、モレロス州政府も一本化を進めてきたが、クエルナバカなど十数市は反対してきた。

 またモレロス州は、州内に根を張る麻薬マフィアの存在などから凶悪事件が絶えず、昨年の殺人事件発生率はゲレーロ、シナロア、チアパスに次ぎ4位だった。マフィアの殺し屋が市長殺害に関与した可能性も排除されていない。

 知事は元日、治安維持作戦「デルタ」を開始したが、これをめぐり州警察と州都警察の間に対立があったとされる。テミスコ市は州都近郊にあり、州都圏の一部を構成している。

 殺されたモタ市長はPRDの役職を歴任、2012~15年には連邦下院議員を務め、若手指導者として将来を嘱望されていた。市長候補を決める党内予備選挙で州知事の推す候補を破り、市長選に臨んだ。

 事件と、PRDおよびMORENAの反目を関連付ける指摘もある。MORENAの党首アンデレス=マヌエル・ロペス=オブラドール(AMLO=アムロ)は過去2回大統領選挙に出馬し、一度目は不正開票により勝利を奪われ、二度目は金権候補だった現大統領に敗北した。2018年7月の次期大統領選挙で「3度目の正直」を狙っているが、PRDとMORENAが別々に候補を立てれば敗北が明らかなため、PRDにはAMLO出馬を阻止する動きがある。 

2016年1月2日土曜日

メキシコのサパティスタが蜂起22周年の声明発表

 メヒコ南東端のチアパス州内に根を張る革命組織「サパティスタ民族解放軍」(EZLN)は1月1日、蜂起22周年のメンサヘ(メッセージ)を発表、「忘却との闘い」(反忘却戦争)開始を宣言した。

 「我々は10年間黙して準備した後、(1994年元日の蜂起で)社会の表面に出た」とのべ、「我々は32年しか経っていない。闘いは始まったばかりなのだ」と強調した。

 蜂起時に、土地、就業、食糧、保健、教育、住宅、独立、民主、自由、正義、平和の11項目を要求したと回顧。だが「政府は取り組むべき諸問題解決を疎かにし、新しい兵器を用い、準軍部隊を育て、これに資金を与えて戦争し、人々の無知と貧困に乗じてパンのかけらを施してきた」と、批判した。

 また、「サパティスタは存在しない、存在するとしてもごくわずかだと愚弄する者がいるが、我々は必ずや大勢になる。明日を築く種はきょう撒かれるのだ」と謳い上げた。

 さらに、「団結し、自治をよりよく組織しよう。やがて来る嵐から我々を救うために」と呼び掛けている。

 この元日メンサヘには、「先住民革命地下委員会」、およびEZLN総司令部のモイセース、ガレアーノ両副司令が署名している。
 
 

2016年1月1日金曜日

読者への挨拶と、2016年ラ米情勢展望

 2016年元日に際し、このブログ「現代ラテンアメリカ情勢」を善意をもって読む読者の皆さんに「謹賀新年」と挨拶の言葉を送ります。

 今年のラ米は荒れ模様です。1月5日に新国会が始まるベネスエラでは、政権と、野党が圧倒的多数を握る国会に「ねじれ」が生じ、激しい鬩ぎ合いが続くでしょう。憲法で保障された大統領罷免の是非を問う国民投票もありうるでしょう。

 アルヘンティーナのマクリ保守・右翼政権は、ペロン派前政権が12年間に亘って積み重ねてきた行政の実績を大急ぎで潰しにかかっています。国論は二分され、先鋭化していくでしょう。

 コロンビアは3月23日の内戦終結合意実現を目指して、政府とFARCが相互停戦、武装解除など最後の難題の交渉に取り組みます。ハバナでの交渉を注視します。

 ブラジルは、ヂウマ・ルセフ大統領弾劾の動きがカーニヴァル明けの2月、国会でどう展開していくかが最大の焦点です。

 ボリビアは、エボ・モラレス大統領の4選出馬を可能にするための改憲国民投票が2月21日実施されます。否定されれば、2020年まで続くモラレス政権は勢いが陰るでしょう。

 エクアドールのコレア政権は、南米諸国の保守化・右傾化を横目に、日和見主義的施政を一層鮮明にするでしょう。そのくらい慎重な舵取りが必要になっているわけです。

 ペルーでは4月10日、大統領選挙が実施されます。ケイコ・フジモリが決選に進出し当選するか否かが焦点です。

 チレは、銅収益の10%を軍備に回す「銅収益指定法」の廃止が成るかどうかです。新憲法制定の動きがどこまで進むかも重要です。

 パナマでは、今年半ばの運河第3水路開通が待たれます。ニカラグアは2014年12月に建設工事が始まった「大運河」の「実現可能性」がどこまで形をとるかが関心の的です。

 グアテマラでは1月14日、喜劇役者出身のジミー・モラレス大統領が就任します。伝統的支配勢力の傀儡になりそうなのが懸念されています。

 メヒコは、大統領夫人の邸宅腐敗疑惑、真相解明が進まない学生43人強制失踪事件、麻薬王脱走などで威厳を失ったEPN大統領の下で、経済不調も手伝って、施政は混迷の度を深めていきそうです。

 ハイチは、大統領選挙の不正が繰り返され、決選が無期限延期されたまま越年しました。米国の事実上の植民地支配下にあり、心ある市民には苦しく厳しい日々が続くでしょう。

 クーバは4月16日、第7回共産党大会を開きます。党中枢人事と中期的政策に関心が集まっています。Bオバーマ米大統領の訪玖があるでしょう。

 南米右傾化を歓迎する米国では11月、次期大統領が決まります。ラ米は、それを待っています。米植民地プエルト・リコの将来が決まるのも新新政権の下ででしょう。

チェ・ゲバラ掃討戦参加の士官の娘がボリビア軍参謀長に

 ボリビアのエボ・モラレス大統領は12月30日、国軍序列2位の国軍参謀長にヒナ・レケ-テラーン=グムシオ陸軍中将(53)を任命した。ヒナは、1967年にチェ・ゲバラ率いるゲリラ部隊の掃討作戦に参加したルイス・レケ=テラーン陸軍少佐(後に将軍)の娘である。

 ヒナは1982年に陸軍士官学校を卒業、2013年、ボリビア初の女性の将軍(少将)になり、その後、国軍監査総監を務めた。夫は部下の一人。国軍最高位の国軍司令官には、フアン・ドゥラーン=フローレス将軍が就任した。

 大統領は、「我々の姉妹ヒナは、全ボリビア女性の代表としてここにいる」と讃えた。