2012年3月12日月曜日

ホルヘ・イカサ著『ワシプンゴ』を読む

☆★☆エクアドールの古典となって久しいホルヘ・イカサ(1906~78)の名著『ワシプンゴ』(1934年、=伊藤武好訳、1974、朝日新聞社=)を久々に読んだ。内容は、今も新しい。まさに古典たる所以だ。

★「ワシプンゴ」もしくは「ウアシプンゴ」とは、農場主が奴隷的労働の代価として先住民農業労働者に貸与する小さな土地のことだ。先住民の暮らしは、この一片の土地から始まる。いわば彼らの小世界であり、彼らの<世界観>もそこに始まる。

☆著者イカサは、それを、この小説の題名にした。作品では、虐げられた先住民労働者たちは我慢に我慢を重ねた末ついに決起するが、中途半端に終わり、政府の放った陸軍によって殲滅されてしまう。

★差別語の代名詞のような「インディオ」と呼ばれる民族の、集団的個性、社会的個性を、イカサは生き生きと描いている。だから平板な物語でなく、読みごたえのある小説になっている。横暴な大地主の頽廃、彼を背後で操る米国人資本家のよそよそしさ、物欲にまみれたカトリック司祭の堕落なども十分に書き込まれている。

☆イカサの幼少年時代に、メキシコ革命(1910~17)が起きた。イカサは、南米ないしラ米の先住民族の闘争、反逆を歴史的に研究し、実際に先住民の集落で生活を共にしたこともある。エミリアーノ・サパタらが「土地と自由」を求めて蜂起したメキシコ革命を、青年時代に勉強しただろう。

★『ワシプンゴ』が出版されてから18年後にボリビア革命が起きた。その7年後にはキュ-バ革命があった。キューバ革命の立役者の一人チェ・ゲバラは、若き日にイカサに会い、署名入りの『ワシプンゴ』を贈られた。

☆イカサの死後、1990年代以降、エクアドールの先住民は首都キトに大挙して繰り出し、一度ならず悪政を倒すのに力を発揮した。『ワシプンゴ』はそんな未来を、予告するような作品だ。

★訳者は、外交官生活の大部分をラ米で送った伊藤武好(1926~2002)である。私は、伊藤氏が1970年代前半ハバナに駐在していたころ、主にメキシコ市で何度も会い、キューバ情勢を聞いていた。

☆伊藤氏はボリビア駐在大使を最後に外交官生活を終えるが、ラパスの公邸である夜、ボリビア情勢を話してもらったことがある。『ワシプンゴ』の巻末で背景を解説した百合子夫人ともども、たいへんな学者肌だった。先住民語が飛び交うこの小説は、伊藤氏の名訳で理解しやすくなっている。

★久々にこの本を再読したのは、エクアドールのコレア現政権と先住民組織との関係がこじれているのに鑑み、20世紀前半の先住民の状況を振り返ろうと思ったからだった。読んでよかった。新たに考えさせられるところがあった。