亜国の血塗られた旧軍政独裁者ホルヘ・ビデラ(17日刑務所内で死去)の遺体は5月23日、ブエノスアイレス(BBAA)市北方郊外45kmのBBAA州ピラール市の私営墓地メモリアル・デ・ピラールに埋葬された。国営法務通信社(INFOJUS)が28日伝えた。
遺体は司法当局によって解剖された後、遺族に23日引渡された。その日のうちに埋葬された。遺族は、ビデラの生地である同州メルセデス市の市営墓地にある一族の廟に埋葬するつもりだったが、地元住民から激しい反対運動が起き、断念していた。同市でも市民20人以上がビデラ軍政当局によって殺害されている。
ピラールのこの私営墓地には、ビデラの右腕で、抹殺作戦と新自由主義経済政策のイデオローグだったホセ・マルティネス=デ・オスも眠っている。
因みに日本政府は1979年、悪名の絶頂期にあったビデラを元首公式訪問に招いた。日本外交は当時、自民党と財界の主導で経済利益を優先させていた。外交上の人道・人権意識は希薄だった。その意識は今日でも「強い」とは言い難い。