日本人が書いたラ米への日本人移民の本は数え切れない。とりわけ日本人移民の数が最も多かったブラジルを舞台にした話が多い。私は、それらの本をある程度読んできたが、本書は数少ない、最も印象深い部類に属す。
対象者を相手に苦闘し、昇華する。また対象を探し闘い、昇華し、束の間の安らぎを得る。そしてまた対象を選び、闘う。著者は、この繰り返しで生きてきた。見上げた映像ジャーナリストである。
私は半世紀もラ米情勢取材に携わってきた。日本人移住物は書き手が多いこともあって、最初から中心的な取材対象から外していた。ラ米の政治・社会・文化状況に魅せられていて、自分が日本人だからという動機から、日本人物に本格的に取り組もうと思ったことは一度もない。
この本を読んで、広い意味の同業者として感服した。そして、自分にも、もう少し価値ある日本人移住者を探して書くという選択肢もあったかもしれない、と思った。
記憶を辿れば、ラ米諸国で、人間性豊かで興味深い生き方をしていた日本人・日系人に少なからず会ってきた。しかし、この本の著者のように、人間同士の付き合いになるまで関係を掘り下げることはなかった。
この本と過ごした数時間は、とてもいい時間だった。
【副題「ブラジルへ渡った記録映像作家の旅」。有限会社「港の人」刊。1800円】