安倍首相のラ米・カリブ(LAC)5カ国歴訪は、ラ米メディアの報道ぶりや国際通信社の分析記事の有無などを見る限りにおいて影が薄かった。
直前にウラディーミル・プーチン露大統領がクーバ、ニカラグア、アルヘンティーナ、ブラジルを歴訪し、習近平中国主席がブラジル、アルヘンティーナ、ベネスエラ、クーバを歴訪した。首相はメヒコ、トゥリニダード・トバゴ(TT)、コロンビア、チレ、ブラジルを歴訪した。中露首脳と同じなのは、訪伯だけだった。
国際報道上、影が薄かった理由として考えられるのは、中国の存在が既に大きすぎ、日本の存在がかすんで久しいことが挙げられる。中国は新華社の多言語サービスを通じ、自国の立場を常に強調し、安倍政権の右傾化や復古主義を厳しく批判してきた。これがLACで広く報道され、中国に有利、日本に不利な世論がかなり前から形成されてきた。
LACは2011年に米加両国を除く「ラ米・カリブ諸国共同体」(CELAC=セラック)を形成するなど、北米離れが著しい。日米安保体制上、「米国の支配下」に置かれていると見なされている日本は、米国のくびきから相当に自由になりつつあるLACにとって「古い」のだ。
プーチンはクーバに対する債権350億ドルを帳消しにした。習主席はBRICS首脳会議が打ち出した「新開発銀行」に410億ドルを供出し、LACの社会基盤整備向けに200億ドル投下すると、桁外れに巨額な金額を提示した。安倍首相が最後の訪問国ブラジルで結んだ協力協定の具体的金額は7億ドル程度だった。このような物質的援助落差も日本に不利だった。
LACの政治的潮流は、2023年のモンロー宣言200周年を前に、米国から距離を置きアジア、太平洋、アフリカなどに接近する遠心力を備えつつある。ただしアジアとは中国であり、インドである。伯露印中南5カ国がBRICSを組んでいる意味と影響力は発展途上社会で極めて大きい。
首相は、「太平洋同盟」(AP)をペルーとともに組んでいるメヒコ、コロンビア、チレの太平洋岸3国を歴訪先に加えた。だがこれら3国は「新自由主義路線偏重」と見なされ、今日のLAC世論形成上、ベネスエラ、ブラジル、ボリビア、アルヘンティーナなどに及ばない。
首相が思い切って一大産油国ベネスエラを訪問していたら、歴訪効果は大きく異なるものになっていたはずだ。だがワシントンが気になる日本外交には、最初から、そんな構想が浮かぶわけがない。
ラ米との「戦略的互恵関係樹立」の希望を表明した首相だが、何が真に戦略的なのか、外務省ともども熟考すべきだろう。