2011年11月27日日曜日

建築家が取り組むラテンアメリカ

☆☆☆☆☆立教大学ラ米研主催の第42回「現代ラ米」公開講演会が11月26日夜、「ラ米の都市を歩くー文学と建築の視座から」をテーマに開かれた。講演者は、文学者の柳原孝敦・東外大准教授と、建築家の原広司・東大名誉教授。

    柳原氏は、「記憶の都市メキシコ」と題し、「現実のメキシコ市とは別にある記憶の都市メキシコ」について語った。憲法広場(ソカロ=中央広場)の一角、大統領政庁(国家宮殿)とメキシコ大聖堂(カテドラル・デ・メヒコ)の間で発掘されたアステカ時代の中央神殿や、旧グアダルーペ大寺院(バシリカ・デ・グアダルーペ)を取り上げて、歴史の重層性を説いた。

    <征服者>によって地中に葬られ抹殺されたはずの歴史が、ある時地表に現れて、破壊者が築いてきた歴史を暴き、白日の下に晒す。その残酷さを語って、興味深かった。


    原氏は、「<実験住宅・ラテンアメリカ>のこれまで」と題し、「建築家が忘れがちな貧者のための住宅という視点」で、2003年から5年余り続けた南米4都市での活動を語った。

    モンテビデオ、コルドバ、ポルトアレーグレ、ラパスの4都市で展開した「実験住宅」の建設実験は、ラ米の先住民族の山村の「離散型集落」から得た閃きを基にしている。

    先住民族の農民は必要なだけ共同作業をして相互に助け合うが、農作業の場合、休耕期になると、集団行動は終わる。人々は、半径50m程度の距離を置いて住んでいる。隣家の人々の姿がよく見え声が聞こえる範囲で分散し、点在するように居住している。

    これに対し、スペイン人が教会を中心に建設した街は、人々が密集して住んでいることから、「クラスター(集束)型」と呼ばれる。

    先住民が時に助け合い、時に離れ合うのは、「仲良くするが、それにも限度がある」、「個人間に違いがあり、それを認め合う」という、言わば「全体主義とは異なる思想」を示している。つまり「全体のなかの部分を認める」のだ。

    【脱線するが、キューバの制度は今、全体としての社会主義体制を維持しながらも、個人の経済活動の自由を徐々に認める方向に歩み出している。】

    「全体のなかの部分」では、互いに干渉を避け合う。このような「離散型集落」の「連帯・団結と、個々人の自由」という生き方を住居に取り込むのが、「実験住宅」だ。

    貧者が建てたい家を只に近い安価で自由に造る、というのが原氏の掲げる理想の旗だ。ラ米の都市周辺には必ずと言っていいほど、(ブラジルでファヴェーラと呼ばれるような)低所得者居住地域が拡がる。そんな地域で只で建てるべき住居が「実験住宅」なのだ。

    だが、一家族用3棟の住宅は、建設費が200~250万円かかる。実験段階から脱するのは難しい。(財政的に難しいだけではなく、建築法など制度上からも風土的因習面でも難しい。)

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    講演会終了後に、原さんとじっくり話し合う機会を得た。私が、「実験住宅」は実用化の可能性がないとすれば一種のハプニングではないですか、と訊くと、「よく<ハコモノ(箱物)>という言葉を耳にするが、私が目指すのは<ハコ>という物の建設ではない。重要なのは、創り造る過程だ。その意味では、ハプニングです」と答えた。

    講演と会話から、私は、居住条件がいかに人間の思想形成に影響を及ぼしうるか、ということについて閃きを得た。「実験住宅」がもし日本で実現し拡がっていけば、まさに革命が起きる。だから実現しないのだろう。貧者のため、人間的であるため、という考え方は、今の世では反資本主義、アナーキーと受け止められがちだ。原さんは、そのような境で創造を続けている。

(2011年11月27日 伊高浩昭執筆) 

    追記:原氏は講演で、「実験住宅はコンクリート(有形的、具象的)でなく、ディスクリートです」と言った。「ディスクリート」の意味を私流に勝手に解釈すると、「絶やすこと=反建築」、転じて「エフィメラ=かげろう=短命」となる。だからハプニングなのだ。
    1970年代初め、ダビー・シケイロス制作の恒久的に保存される巨大壁画に反発していた彫刻家ホセルイス・クエバスは、メキシコ市内の繁華街で「ムラル・エフィメロ(はかない壁画)」というハプニングを演じた。壁画大の巨大な紙に絵を短時間で描き、完成した直後に破り捨てる、というものだ。私は原氏の話を聴きながら、クエバスの「はかない壁画」制作を取材していた時の情景を思い出した。
      
    【シケイロスとクエバスの関係やメキシコの壁画運動については、拙著『メヒコの芸術家たち』(1997年、現代企画室)を参照されたい。】