辺野古<関ヶ原>の1月19日の決戦は、米海兵隊大型新基地建設を拒否する稲嶺進名護市長(68)が再選され、当面の決着を見た。名護市民は、仲井真知事の裏切りで地に落ちた島人の誇りと名声を辛くも取り戻すことができた。
「札束に弱い」保守派沖縄人の体質は腐臭を放ち、重大局面にある名護で嫌われた。
稲嶺1万9839票、自民党系の末松文信1万5684票。投票率76・71%。この4155票の差が、安倍政権の形振り構わぬ買票作戦を打ち砕いた。
辺野古基地は決して普天間海兵隊航空基地の「移設」ではない。大型基地の新設なのだ。この政府の長年のまやかしが、今選挙でまたも暴かれた。
私は若いころ那覇に3年間駐在し、米軍基地をはじめとする沖縄情勢を取材した。名護市中心部や辺野古に何度足を運んだかわからない。
沖縄は移民を通じてラ米との関係が深い。沖縄に打ち込みながらラ米を遠望しながらの毎日だった。
私は19日の選挙を前に、久々に沖縄物を読んだ。岡本恵徳(1934~2006)の『「沖縄」に生きる思想』(2007年、未来社)である。岡本の死に際し、評論集出版の声が上がり、私も賛同者となった、その本である。
「基地周辺で日常的に数多くの米兵と接触することで生じる<異文化の衝突>の具体的な形を見ることができる。そういう日常的な接触は、沖縄人の中にフランツ・ファノンの言う<白い仮面>に対する欲望を生み出すこともあった」
この記述が興味深い。名護の主権者の多数派は、反米国家主義を裡に秘めながら米国ににじり寄る安倍的・仲井真的・末松的<白い仮面>を剥ぎ取った。
安倍国家主義の謳い文句「美しい国」は危険だが、「美しい」を美の形容として単純に受け止めるとしても、真に美しさが残る辺野古の珊瑚礁の海を破壊して軍事基地を建設することは「美しい」と完全に矛盾する。
このことだけからも、「美しい国」がいかにいい加減なイデオロギーであるかがわかるだろう。
【参考:伊高浩昭著『双頭の沖縄』(2001年、現代企画室)、同『沖縄アイデンティティー』(1986年、マルジュ社)】