コロンビア人作家フアン=ガブリエル・バスケス著「物が落ちる音」(柳原孝敦訳、松らい社、2000円)を読んだ。バスケスは1973年生まれ、今年43歳になる若手作家である。
コロンビア人としての自身の半生と時代状況を絡ませた小説だ。コロンビアは70年代に本格的なコカイン密造密売時代に入った。これが一貫した時代背景なのだが、作家は主人公にコカインでなく大麻の密輸から始めさせている。
主人公は、語り手(作家の分身)の目の前で殺し屋に殺されてしまう。謎めいた語り口は、主人公が大麻からコカイン取引に移り、麻薬マフィア間の利権争いに巻き込まれていたことを示唆する。
主として麻薬戦争が激化する前の時期の話だが、政府軍と左翼ゲリラとの内戦は続いていた。内戦を思わせる記述も、わずかながら出てくる。
世界最大のコカイン生産国コロンビアの男と、同最大消費国・米国の女性が結びつくところが味噌だ。語り手の人生の流れの中で、語り手が玉突き場で知り合った主人公の人生が劇中劇のように語られ、最後には両者は収斂する。その時、語り手の妻は夫に愛想をつかし、娘を連れて去ってゆく。
人と人の出会い、別れ、再会は、愛や打算を伴いつつ、人と運命の絡み合いの元となる。これが骨組みになっている。巧みな構成だ。
1960年から56年も続いてきたコロンビア内戦は、3月下旬、和平協定調印が実現しそうになっている。実現すれば、内戦期のさまざまな実話、逸話、体験などを踏まえた小説が生まれてくるだろう。大いに期待したい。